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第638話  じゃあな


<アル視点>





「「「ギリオン殿!」」」

「「「ギリオン!!」」」


 師匠の手はおれの首を絞め上げたまま。

 大声にも反応しない。


「「「手を放せ!」」」


 師匠を止めようと、皆が飛びかかる。

 おれから引き離そうと体を押し、両腕を引こうとしている、が。


「グガガガ!」


 師匠は止まらない、首を絞めた状態から微動だにしない。


「うっ!」


 それどころか、ますます力が強まって。


「「「やめろ!」」」

「「「放すんだ!」」」


「ガガァ!」


 く、苦しい。

 このままじゃもたない。


「うぅぅ……」


 目の前が暗くなってきた。

 まずい!


「目を覚ませ!」

「アルを殺す気か!」

「おまえの弟子なんだぞ!」


「ガガ……」


 これは?

 師匠の力が弱まって?


「……」


 皆のただならぬ気配を感じ取ったのか、言葉に反応したのか、師匠の力がわずかに緩んでいる。


 助かった?


「かっ、かはっ!」


 そんな安堵の思いと同時に入り込んできた大量の空気に思わずむせてしまう。


「ガ……」


「今だ!」


「「「おう!」」」


 周りにいた騎士たちはこの隙を見逃すことなく、師匠の手首を掴み。

 引き剥がそうと動き始めている。


 なのに……。


「グガァ!」


 それが逆効果だったのだろう。

 力に力で対抗するように、師匠の手に再び力がこもってきた。


「ガガガガ!」


「うぐっ」


 抗えない。


「ぅぅぅ……」


 目の前がまた暗くなって。

 意識が遠くなりかけ……。


 って、違う!

 まだだ。

 まだ諦めるな!


「っ!」


 今できること、倒れる前にできることは。


「し、ししょ」


 声を絞り出すだけ。


「ガガ……」


 感情に任せて叫ぶだけ。


「ししょぉぉ!!」


「ガガ?」


 届いた?

 おれの声が?


「ガ……」


 師匠の手がほどけていく。


「うっ、けほっ、げほっ」


「ガ……ア、ル?」


「げほっ、げほっ」


 咳込むおれの顔を覗きこむ師匠。

 虚ろだった眼に意志が戻っている?


「あ……ガガ……」


 と思ったら、瞳の色が目まぐるしく変化を!


「ガガ……は、なれろ……オレから離れろ!」


「師匠?」


「アルも、皆も離れてくれ!」


「「「ギリオン?」」」

「「「ギリオン殿?」」」


「はやく、はやク!!」


 離れたくない。

 ここで離れちゃだめだ。

 そんな思いとは裏腹に、足が勝手に動いてしまう。

 勢いに押されるように退いてしまう。


「アル……」


 数歩離れたおれを見て頷く師匠。

 満足そうに、けど寂しそうに笑顔を見せ。

 地面を蹴った。


「じゃあナ」


 そんな言葉を残して。





*************************


<ヴァーン視点>





「まだ着かないのか、ヴァーン」


「もう少しだ」


「ちぇっ、遠すぎだろ」


「文句の多いやつだな。黙って上ってるブリギッテを少しは見習えよ」


「あいつは息が上がってるだけだぞ」


「違うわよ。サージがだらしないだけでしょ」


「なっ、俺も余裕だっての」


「なら、文句を言わず歩きなさい。シアさんが頑張っているのに、ほんと恥ずかしいわよ」


「……」


 サージと違っていいこと言うじゃねえか、ブリギッテ。


「とはいえ、想像以上の山道であることも確かよね。だから、ヴァーン?」


「ん?」


 何だ?


「追加報酬も期待できるんでしょ?」


「……」


「ね?」


 そうだよなぁ。

 ブリギッテはこういうやつだったよなぁ。

 ダブルヘッドの素材採取の際に嫌というほど思い知らされたってのに……。


「当然です」


 って、おい、シア?


「こんな険しい道を付き合ってもらっているんですから」


「さすがシアさんは違うぜ」


「ええ、話が分かる人は違うわね」


 こいつら甘やかして、どうすんだ。

 つっても、まあ……。


 今回ばかりは仕方ねえか。


「はぁ~」


「何よ、そのため息?」


「いいから、2人ともさっさと歩け」


「「……」」


「追加してやっから」


「「りょーかい」」


 こんな時だけ息ピッタリかよ。

 ほんと、気が抜けちまうぜ。


 なんて思いながら八半刻ほど歩いたところで。



「おい!」


「ええ、何か来るわ」


「下からだな」


「……そうね」


 強力な気配が下から駆け上がってくる。

 このまま進めば、すぐにでも遭遇しそうだ。


「どうする?」


 避けるか?

 それとも、迎え撃つか?





*************************





「隣のテポレン山におられるのだな?」


「おそらくは」


「ならば迷うことはない。行くぞ」


 返事も待たず駆け出すシャリエルン。

 さすが一流冒険者。判断が早い。



「アリマ、テポレン山に上った経験は?」


「少なくはないですね」


「エビルズピークだけでなく、テポレン山もなのか?」


「ええ」


「ふふ、頼りになるな」


 並走しながら尋ねてくるシャリエルンの顔にはまだ余裕が残っている。

 これなら急行も可能だろう。


「で、感知した数は?」


「正確には分かりませんが、10や20ではないですね」


「となるとやはり、エリシティア様と騎士たちの可能性が高いな」


 数に加え、ギリオンらしき気配も感じられる。

 まず間違いないはずだ。





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