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第636話  気配



「予定通りに到着できそうだな」


 領都ワディナート出発から約5刻。

 道中であのトラブルに見舞われたものの、それでも麓までは順調に進めたと言える。


 ただ。


「この先は山道になりますので、これまでのようには進めませんよ」


「すべて織り込み済みなのだろ?」


「それは、まあ……」


「とはいえ、大導師に出くわさなければ到着はもっと早かっただろうがな」


「……」


 ワディナートを出た直後に起こったエヴドキヤーナの襲撃。

 よく分からない理由で襲われ、戦闘中に言葉もなく消えてしまうという意味不明の行動に、俺もシャリエルンも振り回されてしまった。が、それも時間にすれば僅かなものだったため、こうして想定の時間内に麓まで辿り着くことができたのだ。


「で、このままエビルズピークの山頂付近に向かえばよいのか?」


「ええ。ただし、気配を探りながら慎重に進みましょう」


「うむ」


 あとはエビルズピークを上るだけ。敵兵を気にする必要もない。ある意味気楽なものだが、それでも物騒な山であることは忘れちゃいけない。





「なかなか剣呑な雰囲気だな」


 山中に足を踏み入れてすぐ、シャリエルンが顔をしかめながら語りかけてきた。


「この辺りの山には、厄介な魔物が生息していますからね」


 さらに今は兇神エビルズマリスの影響が残っている可能性もある。


「やはり油断はできない、か」


 その通り。

 楽に上れる山じゃない。

 常に警戒しながら進むべき場所だ。


「ところでシャリエルンさん、エビルズピークに入ったことは?」


「かなり昔、依頼で一度だけ入山したことがある」


 経験ありなんだな。


「ただ、その時は中腹までも上っていない。エビルズピークに生息する強力な魔物とも遭遇していない」


「なるほど」


 だったら、今回が初体験みたいなものだろう。


「しかし、このような山に……?」


「……」


「本当にエリシティア様がいらっしゃるのか?」


 兇神と戦った国境近くの平原とエビルズピークの間にはかなりの距離が存在する。それゆえ、シャリエルンが疑問に思うのも当然。


「あのドラゴンが人を、それも大人数を転移させることが可能だとは、どう考えても信じがたいものがあるな」


「……」


「アリマはどう思う?」


「私も確信は持てません。それでも、考えられる場所はここしかありませんので」


「……」


 確信が持てないからといって、立ち止まってもどうしようもない。

 今は進むのみだ。


「では、行きましょう」





 ザン!

 ザン!


 シュッ!

 ザシュッ!


「「ギャアァ……」」


「「グギャァァ……」」


 断末魔の悲鳴を上げ、ウルフ系の魔物たちが地に沈んでいく。


「シャリエルンさん、大丈夫ですか?」


「問題ない。そっちは?」


「こちらも問題ありません」


「そうか」


 エビルズピークに入って半刻。

 頂上はまだ先だというのに、既にかなりの数の魔物と遭遇している。


「……多いな」


「……ええ」


 明らかに前回とは違う。

 やはり、エビルズマリスの存在が関係しているのかもしれない。

 厄介なことだ。


 ただ、やつの影響があるのも悪いことだけじゃない。エリシティア様やギリオンがここにいる可能性も高まるってことだからな。


「ところで、気配感知はどうなってる?」


「変わりません。まだ難しいですね」


 あくまでそれは可能性にすぎないのだが。


「ここまで来て手掛かりなしとは……」


「……」


「……」


 入山以降、絶やすことなく続けている気配感知。

 もちろん、エリシティア様やギリオンたちを探すための感知だ。

 これがどうにも上手くいかない。強力な個体が多数生息するエビルズピークとはいえ、今の状況でこの感知難度はなかなか厳しいものがある。


「上に進むしかないか」


「そうですね」


 とりあえず、今はあの地点を目指して山を上るだけ。

 道中で気配感知に成功することを祈るしかない。





 と、中腹を越えた辺りで。


「ん?」


 これは?


「どうした?」


「ちょっと待ってください」


 広範囲感知から局所精査に切り替えて……。


「……」


「……」


 いる。

 かなりの数が1箇所に集まっている。


「アリマ?」


「大きな集団を感知しました」


「っ! それはエリシティア様か? まさか、魔物ではないよな?」


「魔物ではありませんが、エリシティア様の気配かどうかも定かじゃないです」


 彼女の気配を覚えていないのだから、個人特定はできない。

 ただ、この数とそこに感じられる懐かしい気配は……。


「それでも、エリシティア様と騎士たちの可能性が高いかと」


「まことか!?」


「状況的に、そう考えられます」


「そうか! よし、急いで上るぞ!」


「シャリエルンさん、違います」


「何がだ?」


「気配を感知したのはこの先の山頂付近じゃないんですよ」


「ならば、どこに?」


「テポレン方面です」


「……隣の山?」


「ええ」


 そっちにギリオンらしき気配を感じるんだ。





*************************


<アル視点>




 ドン!


 ドスン!


 ドッスーン!


「「「「「おお!」」」」」

「「「「「わあぁ!」」」」」

「「「「「ああぁ!」」」」」


 崩れ落ちた3頭のドラゴンを前に歓喜の声を上げる騎士たち。

 そこに、ワディンとレザンジュの差など存在しない。


「「「「「勝った!」」」」」

「「「「「やったぞ!」」」」」

「「「「「倒したんだ!!」」」」」


 コーキさんも剣姫もいないのに勝てたのは、皆が一丸になって戦ったから。

 それと、師匠の獅子奮迅の活躍があったから。


 なのだけれど……。


 師匠の腕が青く染まっている。


「ぐっ、うぐっ!」


 見たこともないような表情で呻き声まで。

 これはいったい?


「師匠!」


「うぅぅ」


 鱗?

 青い鱗が皮膚を覆っているのか?


「アル……」


 なっ!

 顔にも鱗が!?




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