第64話 宴
異能についての話が終わった後、エンノアの皆さんが俺のために開いてくれた宴は、それはもう盛大なものだった。
前回はゼミアさん宅での食事会だったのだが、今回は広場にわざわざ宴会場を設営し、エンノアの子供も老人も全員参加で俺のことを歓迎してくれたんだよ。
「コーキさん、楽しんでいますか」
ゼミアさんのもとを離れ、俺の傍らにやって来たフォルディさん。
「ええ、こうして皆さんと一緒に食事ができて楽しいですよ」
「それは良かった」
今は、最初に振る舞われた料理をいただき一段落ついたところだ。
続いて、広場の中央ではブラッドウルフのもも肉が骨付きのまま直火で豪快に焼かれている。
みんな思い思いの場所に腰を下ろし歓談しながら肉が焼かれるのを待っているという状況。
病で寝込んでいた人たちも今は元気に宴に参加しており、食も進んでいるようだ。
その姿を見ていると、やはり嬉しいものがある。
頑張って良かったと、心からそう思えるな。
「今焼いているブラッドウルフのもも肉も美味しいですよ」
「なかなか大胆な料理ですね」
これは骨付きというか、脚をそのまま焼いている。
ちょっと野趣にあふれ過ぎているんじゃないかと思うくらいだ。
「まあ、そうですよね」
それでも、周りの人々は期待に満ちた目で調理を見守っている。
「ああやって調理することに意味があるんでしょうね?」
「はい。エンノアでは、ブラッドウルフに限らないのですが、その時手に入る最高の肉を直火で焼くというのは、最高のおもてなし料理とされているんです。といっても、このブラッドウルフはコーキさんが倒したものですから、我々がご馳走になっているようなものなんですけどね」
すみませんと頭を下げてくれる。
「いえ、私ひとりなら、きっとブラッドウルフを持て余してしまいましたから、こうして調理していただいて助かります」
こんなに大きな魔物をひとりで処理できるわけがない。
せいぜい、一部を持ち帰るくらいだ。
エンノアの人々に受け取ってもらわなかったら、残りは廃棄することになっていただろう。
「確かに、大きいですもんね」
俺が仕留めた2頭はともに体長3メートルを超えていた。
そんなブラッドウルフの脚だ。
当然、それなりの大きさになっている。
今焼いているのは8本の脚だが、これだけでも相当な量になるだろう。
「でも、こんなに大きなブラッドウルフをあっという間に倒すなんて、コーキ様は凄い人です」
ユーリアさんが俺とフォルディさんの間にやって来た。
「ユーリア、調理を手伝わなくていいのかい?」
「もうほとんど終わったから、自由にしていいって」
さっきまで1メートルはあるだろうもも肉の面倒を見ていたもんな。
「お疲れさまです。どうぞ、ユーリアさんも座ってください」
「ありがとうございます」
俺とフォルディさんの間に腰を下ろすユーリアさん。
「そこに座ると、ボクが話せないぞ」
「兄さまはもう充分話したでしょ」
「……」
「ホント、あの時は凄かったです。ブラッドウルフを魔法で倒して、次は剣で倒すんですから」
「ユーリアは剣や魔法のことなんて良く分かってないだろ」
「では、兄さまはコーキ様の腕は大したことがないとでも言うのですか」
兄さまと呼んでいるが、ユーリアさんとフォルディさんは兄妹ではない。
兄と妹のように育ったから、そう呼んでいるんだそうだ。
「なっ、そんなこと言ってないだろ。思ってもいないぞ。何を言うんだお前は。すみません、コーキさん」
「はは、いいですよ、そんなこと」
「とにかく、コーキ様は凄いんです。わたしがコーキ様の傍にいることができるのなら、剣と魔法を教えてもらいたいくらいですよ」
「また、無茶を言う」
「機会があれば、少しお教えしましょうか」
エンノアを訪れた時に、少しくらいなら教えてもいい。
まっ、ユーリアさんも本気ではないんだろうけど。
「ええ、本当ですか! 嬉しい!」
茶色の大きな目を輝かせながら手を叩いている。
「ユーリア……」
「私も魔法を教えていただきたいです」
アデリナさんもやって来た。
「コーキ様、どうでしょうか?」
「まあ、機会があれば……」
「もう、アデリナさんより先に私が教えてもらうんですよ」
「ふふ、そうね」
病床に伏している時ですらそうだったが、アデリナさんは落ち着いた大人の女性といった雰囲気を持っている。元気いっぱいのユーリアさんとは対照的だ。
17歳のユーリアさんに対しアデリナさんは25歳だから、当然か。
「それより、体調の方は問題ないですか」
「コーキ様のおかげで、ほら、もうこんなに元気です」
そう言って、その場で1回転する。
「まだ病み上がりなのですから、無理はしないでくださいね」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「アデリナさん、わたしは見せてもらえなかったけど、コーキ様の治癒魔法も凄かったんですよね」
「ええ、それはもう凄かったわよ」
「攻撃魔法も治癒魔法も凄いなんて、やっぱり、わたし魔法を教えて欲しいです」
「エンノアに来た時に、少し教えますよ」
「少しだけですかぁ」
そうそう教えることはできないからな。
頻繁にエンノアに来るわけでもないし。
というか、本気で学ぶつもりなのか、ユーリアさん。
そうなると、話は変わってくるんだけど。
俺の魔法は自己流だから、この世界の人にきっちり教える自信はないぞ。
「ユーリア、ちょっと落ち着けって」
「でも」
「ユーリアちゃんの気持ちは分かるわ。私もユーリアちゃんもコーキ様に命を救ってもらったものね」
「そうなんです。なのに……何も恩返しができなくて」
「だから、魔法を覚えて恩返しがしたいのよね」
「はい!」
「恩返しがしたいのは私も一緒よ」
「そうですよね」
「そういうことなら、ボクだって命を助けてもらったのだから恩を返したい。コーキさん、何かボク達にできることはありませんか?」
3人そろって、こちらを見つめてくる。
「ホント、そういうのはいいですから。フォルディさんとは話をしましたよね」
「ですが、このままという訳にもいきません」
「そうです」
「私もそう思います」
「俺達だって命を助けてもらったぞ!」
周りから、俺が治療した方たちが続々と集まってきた。
「ぜひ我々にも何かさせてください! できる事なら何でもしますので!」
口々に声をあげてくる。
「……」
まいった。
これは、収拾がつかないぞ。
誰に聞いたのかは覚えていないんだけど、この大陸の南部の人たちは情に厚い人が多いらしい。なので、感謝の表現も必然的に大きなものとなるようだ。
オルドウもエンノアも南部に位置するわけだから、そういうことなんだろうな。
「皆の気持ちは分かるが、コーキ殿が困っておられるではないか。せっかくの宴の場で、主賓を困らせてどうする。今は皆控えるように」
事態を見かねたスペリスさんが、皆さんに注意してくれた。
助かった……。
「分かりました。ですが、我らの気持ちはひとつです」
「分かっている」
「コーキ様、必ず恩は返しますので」
「……はい」
気迫に押されて、思わず頷いてしまった。
その返事に納得したのか、皆がさっきまでいた場所に戻って行く。
「コーキ殿、お許しください。ただ、皆の気持ちに嘘偽りはございませんので」
「スペリスさん、大丈夫、分かっていますから」
「ありがとうございます」
「返したくても返せない。みんな同じ気持ちなんですよ」
アデリナさんがそっと呟く。
「……」
確かに、受けた恩を返せないというのも、それはそれで辛いよな。
「分かりました。何かありましたら皆さんの力をお借りしますので、その際はよろしくお願いします」
「早くその時が来てほしいです」
「ホントですよ」
「全くだ」
……なんだろう。
この人たちと一緒にいると、心の中の澱が消えていくような気がする。
不思議だな……。
「でも、ユーリアちゃん、コーキ様に魔法を教えてもらったら、また恩が増えるんじゃないのかしら」
「そうですね。でも、その後にまた返します。今度はわたしがコーキ様を守りますから」
「それは頼もしいわね」
「はい!」
本当に頼もしいが、この話題はこの辺りで終わりにしてもらいたい。
「ところで、アデリナさんにユーリアさん、様は止めてもらえませんか」
「命の恩人なのですから、コーキ様と呼ばせてください。それと、コーキ様の方こそ、もっとくだけた口調にしてもらいたいです」
「そうですよ。ユーリアと呼んで下さい」
「……分かりました、アデリナさん、ユーリアさん」
「もう!」
「ふふ、分かってくださいましたか」
「ボクもコーキ様と呼んだ方がいいかな?」
「フォルディさん、それは止めてくださいね」
この話題もよそう。薮蛇になりそうだ。
「そろそろブラッドウルフの肉が焼けるんじゃないですか?」
「ホントだ。ちょっと見てきます」
「私も見てきますね」
残ったのはフォルディさんと俺のふたり。
「コーキさん、何か色々とすみませんでした」
「いえいえ、楽しかったですよ」
「だったら、いいのですが」
「本当にそう思います。……ここはいいですね。本当に良い場所だと思います」
「それは嬉しいですね」
「私も嬉しいんです」
「はは、同じですね」
「ええ」
お互いに笑い合ってしまう。
「コーキ様、焼けたようですよ。一緒に食べましょう」
ああ、いただくとしよう。





