第635話 複雑な関係
<エリシティア視点>
「おいおい、アルはヴァルターを知ってたのかよ」
「師匠こそ、こんな大物といつ知り合ったんだ?」
「オレ様程の腕がありゃ、剣士なら誰でも寄って来んだろ。そういうこった」
「はぁ……」
相変わらずギリオンの話は要領を得ないが、今はそんなことより。
アル少年がギリオンの弟子であり、ヴァルターとも面識があるという事実が重要だ。
これで、我らの話を信じ退いてくれる可能性も高まるのでは?
「ヴァルターだって?」
「ああ、間違いない。ヴァルターと言った」
「幻影のヴァルターなのか?」
「「「「「……」」」」」
「「「「「……」」」」」
「だからどうした! あいつらはレザンジュ軍なんだぞ!」
「幻影がいても、捜索部隊じゃなくても、王軍に変わりない!」
「「「「「ああ、そうだ!」」」」」
一度静まりかけた怒気がまた勢いを取り戻してしまった。
これでは……。
「みんな、聞いてくれ。ここにいる2人はおれの知り合いってだけじゃないんだ。2人ともコーキさんと親しい仲なんだ」
なっ?
どうして、ここでコーキの名が?
「「「「「何っ?」」」」」
「「「「「コーキ殿と?」」」」」
「だから、いったん冷静になって考えてほしい」
「「「「「……」」」」」
「「「「「……」」」」」
コーキという名を聞いた途端、ワディン騎士たちの表情が一変。
辺りを包み込んでいた熱気も嘘のように消えていく。
「……」
これはいったい?
彼らとコーキの間に、何があると?
理解不能の状況に思考停止しかけたところで。
「コーキ殿の親友ということなら、我らエンノアも同じ」
ワディン騎士の後ろに控えていた軽装の一団、爆散矢を手に持つ一団から数名が歩み出て、アル少年のすぐ横に。
「詳しい話を聞きましょう。いいですね、ワディンの皆さん」
本当によく分からない。
ただ、状況が好転したことだけは間違いなさそうだ。
「なるほど、コーキ殿とあなた方はそういう関係でしたか」
「エリシティア王女がワディン侵攻に反対する立場を取っていたこともよく理解できましたよ」
「だからといって、王家の蛮行を許せるわけではありませんが」
これまでの様々な経緯をある程度説明した結果。
ワディン騎士の態度に明らかな変化が表れてきた。口調なども最前とは比べ物にならない。これはもう、休戦状態と言っても良いだろう。
しかし、彼らに対するコーキの影響力がどれほど大きいか思い知らされるな。
「それで、異界とその竜種のバケモノについてですが」
とはいえ、まだ話を全て終えたわけではない。
今はまだお互いの情報をすり合わせている最中だ。
「何か知っているのですか?」
「アルと我らがエビルズピークで遭遇したバケモノと同じかもしれません」
なっ!?
「「「何と!?」」」
「「「それは?」」」
思わぬ情報に皆の顔が驚きに染まる。
もちろん、私もだ。
「あなた方も、やつと交戦を?」
「ええ、ここにいる数名は直接剣を交えています」
「……」
「とはいえ、我らではまったく歯が立ちませんでした。コーキ殿がいなければどうなっていたことか」
「そんな戦闘が……」
「我らがこうしていられるのはコーキ殿のおかげですよ」
「確かに、彼と共にいればドラゴンから脱することも可能でしょうな」
「脱するどころではないです。あのバケモノを討ち取ったのですから」
「っ!? バケモノを倒したのですか? コーキ殿が?」
「ええ、当時は剣姫イリサヴィアと共闘していましたが、コーキ殿が異界で竜を倒したと聞いております」
「コーキ殿がやつを……」
すぐには信じられない。
あの竜を人が討伐できるなんて。
が、コーキならばと思わせてくれるのも事実。
「では、ならば、我らの前に現れた竜は別のバケモノ?」
「それは……」
「あるいは2頭存在している?」
「「「「「……」」」」」
「「「「「……」」」」」
また話が怪しい方向に進み出している。
本当に理解しがたいことばかりではないか。
はぁ。
今日何度目になるか分からない溜息を心の中でついていると。
「うん?」
「あれは?」
我が騎士たちの左方。
空中に歪みが見える。
「っ!?」
あの空間の歪みだ!
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「大導師エヴドキヤーナは?」
アロー、スピアー、ログといった攻撃魔法を剣で受けきった後。
次はこちらの攻撃ということで繰り出した剣閃を目前に、姿を消したエヴドキヤーナ。
これまで同様、おそらくは転移したのだろうが……。
今回はなかなか姿を見せようとしない。
「どういうことでしょう?」
「私にも分からない」
シャリエルンも困惑の表情。
彼女にとっても予想外の展開のようだ。
「気配も感じられませんね」
「大導師は気配を消せる」
「……」
まあ、あの卓越した技術なら気配操作など自由自在だろうな。
「となると」
こちらからエヴドキヤーナを見つけることはまず不可能。
「ああ、待つしかない」
「……」
「……」
そのまま警戒状態を保ち、1分が経過。
2分が経過。
依然彼女は現れない。
「何も起きませんね」
「ああ……」
虚空を見つめていたシャリエルンが1つ頷き。
「もう去ったのかもしれぬ」
と告げてくる。
もちろん、俺もそれは考えた。
ただ。
「何も言わずに?」
「……」
「勝手に攻撃を仕掛けておきながら無言で、ですか?」
「それは……」
どうにもシャリエルンの歯切れが悪い。
彼女にとってはそれだけ気を使う存在ってことなのだろうが、こっちは納得しがたいぞ。
「大導師は言葉が足りぬのだ」
「……」
「そろそろやもう少しという言葉が挨拶だったのかもな」
「まさか」
そんな別れの挨拶はあり得ないだろ。
とはいえ、相手は浮世離れした大導師エヴドキヤーナ。
可能性としては……。
「とりあえず、このままエヴドキヤーナ様が姿を現さないようなら、我らも目的地へ向かうとしよう」
正直、釈然としないものがある。
とはいえ、ここでゆっくりしている時間もない。
「……分かりました」
この後5分ほど待機したが、やはりエヴドキヤーナが現れることはなく。
結果、少々のわだかまりを残しながらも出発することになってしまった。





