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第633話  もう少し




「しかし、なぜ?」


 シャリエルンが少女に近づいていく。


「大導師がどうしてそんな姿で、ワディナートにいるのです?」


「ふふ」


「っ!」


 少女からの静かな威圧を受け、シャリエルンが思わず一歩後退してしまう。


「どんな姿でどこにいようと」


 ただ、その威圧感は一瞬で消え。


「わしの勝手であろう」


 もう穏やかな口調に戻っている。


「……では、なぜ我らを襲ったのです?」


「襲ったつもりはないが?」


「……」


「先の魔法は、さっきも話した通り好奇心に従ったまで。試しただけ」


「アリマに興味があるから? そんな理由でですか?」


「ふむ」


「……」


「この上ない理由ではないか」


「エヴドキヤーナ様……」


「……」


 いまだ信じがたいが、少女が大導師だというのは事実なんだろう。

 ただ、そんな人物がどうして俺に興味を持つ?

 そもそも、どこで知ったんだ?



「とはいえ、そろそろ」


「満足されたのですね?」


「……いや」


 薄っすらと笑みを浮かべる少女、エヴドキヤーナ。


「もう少し」


 その表情に反して、体からはまた魔力が溢れ出てくる。

 恐ろしい程の魔力量だ。


「付き合ってもらおうか」


「……私たちは先を急いでいるのですが」


 ただの好奇心ということなら、正直勘弁してもらいたい。

 が……。


「では、急ぐとしよう」


 これは断れる状況じゃないな。

 仕方ない。


「いくぞ、アロー!」


 数歩後退し構えた俺の前方空中に、3本の矢が顕現。

 半透明のそれは魔法壁や膜と同質に見える。


「防いでみよ」


 その言葉とともに、空に留まっていた矢が動き出す。

 猛烈な勢いで迫ってくる。


 他ならぬエヴドキヤーナが創り出した半透明の矢だ。

 当然、対するのは容易じゃない。

 ただし、態勢を整えた今なら3本全てを避けることも可能。


 とはいえ、それじゃ駄目だろうな。

 今はもう単なる戦いじゃないのだから。


 だったら。

 望み通り迎え撃ってやる。


 ゴオォォ!!


 とんでもない威力で近づいてくる魔法矢。

 平行に迫る3本に真正面から向き合う俺の右手にはいつもの長剣、そして左手には短剣。もちろん、ともに魔力強化済み。


 よし、ここだ!


 長剣を一閃。


 ギンッ!


 中央の矢の横腹を左から斬りつける。が当然、一撃で砕くことはできない。

 なので、剣を右に振り中央の矢の進路を変えてやる。そのまま右の矢にぶつけてやる。


 ガンッ!


 と同時に短剣を左の矢に振るう。

 こちらも横に弾くように。


 キンッ!


 長剣ほど上手くは捌けないが、進路を変えるだけなら、これで十分。


 ゴオォォォ!


 狙い通り。

 剣撃を受けた中央の矢と右の矢が俺の右方に去っていく。左の矢も左手に逸れていく。


「なるほど」


 一連の攻防を見て満足そうに頷くエヴドキヤーナ。

 まずは成功といったところか。


 と思ったら。


「スピア!」


 次は2本の槍が顕現。

 息つく暇も与えてくれない。


「防げるかな?」


 3本の矢と同様、こちらに向かって来る半透明の槍は太く長い。

 ただし、今回は2本だけ。

 対処はさっきより単純だ。


 ガギン!

 ギン!


 矢より重量があるため剣を握る手にかかる負荷は相当なものだったが、これもまた左右に弾くことができた。


「見事なものだな。ならば、これは?」


 次もあるのか?


「ログ!」


 今度は直径50センチ、長さ2メートルほどの円柱。

 半透明の丸太だ。


 1つの個体だけとはいえ、この大きさは普通じゃない。

 本来なら剣で弾く物体じゃない。

 横に跳んで回避すべきだが……。


 分かってる。

 剣で受けてやるよ。


 ゴゴオォォォ!!


 短剣を仕舞い、両の手で長剣の柄を握りしめ。

 半身の体勢を取り、上段から斜め下に。

 最速、最大の力で振り下ろす。


 ガッギッーン!


 手のひらが痛くなるほどの反動を受けるも、剣身は無事。

 丸太の進路も斜め下方にずらすことができた。


 ドッゴーーン!


 となると必然。

 丸太は後方の土を抉り取りながら地面に激突。

 もうもうと砂煙が上がり出している。


「……」


 さあ、どうする?

 まだ魔法を続けるのか?


 いや、違うな。

 今度はこっちの番だ。


 一瞬の沈黙の中、前方に跳躍。

 空を翔けるようにエヴドキヤーナに接近し。


「ほう」


 両手で握ったままの剣を横薙ぎに一閃。

 余裕を崩さないエヴドキヤーナに打ち込んでやる。


 今は壁もない、膜もない。

 転移する暇は……。


 ブンッ!!


 剣身が鋭い音を立てるものの、結果は空を切り裂くのみ。


「……」


 やはり、転移できるんだな。





*************************


<エリシティア視点>




 神娘セレスティーヌが生きていた。

 ワディン騎士たちも健在。

 当然、こちらを敵視している。


 難しい状況になったぞ。


「何か考えはあるか?」


「……」


「……」


 沈黙するウォーライルと私の前方では。



「まあ、師匠なら仕方ないかぁ」


「ちっ」


「で、退いてくれるよな、師匠?」


「ああ? 退くのはそっちだろうが? いや、その前に謝罪が先だな」


 だから、ギリオン、それは火に油を注ぐだけだ。


「「「「「何だと!」」」」」

「「「「「あいつ!」」」」」

「「「「「調子に乗りやがって!」」」」」


 言わぬ事ではない。






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