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第627話  現在地


<エリシティア視点>




「エリシティア様、そろそろ休む用意をした方がよろしいかと?」


 夜通し歩けるというギリオンの虚勢など耳に入らぬかのように言葉を発したのはウォーライル。


「夜の山では何が起こるか分かりませんので」


 口ではそう言いながらも、目でギリオンの休息を優先すべきだと告げてくる。


「私もそれが良いと思います」


 ヴァルターも同様に野営をすすめてくるのか。

 やはり、2人の目にはギリオンの状態が芳しくないと映っているのだな。


「だから、オレのことは気にすんなつってんだろ。問題なく歩けんだからよぉ」


「「……」」


「姫さんが下山を選択するなら、それに従うだけ。オレの鱗は関係ねえ」


「ギリオン……」


「へっ、オレはどこまでも付き合うぜ」


 どうしてそこまで無理をするのだ?


「んで、ヴァルター、ここがどこだかまだ分かんねえのか?」


「……」


「ベテラン冒険者だったおめえなら、推測くらいできんだろうが?」


「……木々や花々からある程度の推測は可能だが、確信は持てない」


 なっ!

 既に推測が?


「できてんじゃねえか」


「できているとは言えないな」


「細けえこたぁいいんだよ。で、ここはどこで、麓まではどんくらいだ?」


「……」


 ギリオンに対しては答えるつもりがないのだな。

 だったら。


「ヴァルター、確度が低くとも構わん。教えてもらえぬか?」


「……」


「今はどのような情報でも必要なのだ。頼む」


「……まったくの見当違いになるやもしれませんが?」


「問題ない」


 自信がないと言っても、ヴァルターほどの者が荒唐無稽な推測をするとは思えぬ。

 今はそれで十分だ。


「エリシティア様……分かりました」


 そうか。

 教えてくれるか。


「ただし、精度の低さだけはご理解ください」


「うむ」


 それで、どこなのだ?

 まさか異界とは言わぬよな?


「植生、生態系から考えるに、この地は……ミッドレミルト山脈の南方。ミルト、エビルズピーク、テポレンのいずれかの山中と思われます」


「異界ではなく顕界(げんかい)の山中なのだな?」


「異界に同じような山がなければ、そうなるかと」


「うむ」


 我々の知る異界は、岩と砂だけの荒廃した世界。

 このように自然豊かな山野が存在する可能性は低いだろう。

 ならば、ここは顕界と考えるのが妥当。

 であれば、どうとでもなる。

 カーンゴルムに向かうことができる。


「そんで、こっから麓まではどんくらいかかりそうだ?」


「……」


「ヴァルター?」


「……迷わなければ4刻以内でしょう。ですが、暗闇の中で道を失った場合はこの限りではありません」


「麓まで4刻」


 悪くはないな。

 とはいえ、暗中下山では迷うことも念頭に置かねば。


「ところで、今現在は?」


 どうなのだ?

 迷ってはおらぬか?


「……分かりませぬ」


「リリニュス、気配から何か読み取れることは?」


「申し訳ありません。今はまだ……」


 リリニュスの感知でも分からぬか。


「……」


 麓まで4刻程度。

 ただ、夜間行での遭難危険は大。

 ギリオンの容態も良いとは言えない。


 やはり、休息を選択すべきだな。


「ウォーライル、野営の……」


「うっ、うぐっ!」


 野営の準備を促そうと思ったところに、呻き声が?


「ううぅぅ!」


 ギリオン?


「鱗が痛むのだな?」


「大丈……ぐっ、うぅぅ……」


 これまでとは明らかに違う。

 まさか、悪化した?

 戦ってもいないのに、どうして?





「ギリオン殿、横になってください」


「さあ、ここに」


「……おう」


 目の前では、衛生兵たちが急遽設えた寝床にギリオンを横たえようとしている。

 依然、その顔色は悪いまま。


「うぅ……」


 異界でのように、休むだけで回復するのか?

 悪化しているようにさえ映るのに?


 嫌な予感がする……。


 いや、違う。

 考え過ぎだ。単なる杞憂だ。


 そんなことより今はできることをすべき。


「魔法薬の用意を」


 薬の効果は薄い。

 それでも使わないよりはましだろう。


「もちろん、治癒魔法もだ」


「「「はっ!」」」


 皆が一斉に動き出す。

 と、その時。


「エリシティア様、多くの気配が近づいてきます!」


 リリニュスの焦った声が耳に入ってきた。


「魔物か?」


 あのドラゴンなのか?





*************************





「ほう、耐えきったか?」


 恐るべき猛火が消え去った後。

 前方には口の端に笑みをたたえた少女が腕を組んで佇んでいる。


「どうやら誇張ではなかったようだな。ならば、もう一段上げるとしよう」


 シャリエルンも俺も3枚の魔法壁を展開することでファイアによる猛火をしのいだばかり。今はお互いに1枚の壁しか残っていない。


「フレイム」


 そこに、また新たな火魔法!

 規模は先程と同等だが、温度が違う。威力も比べ物にならない。


「くっ!?」


 複数の火柱を伴いながら急迫する。

 白へと色を変えた炎が!


「氷壁!」


「ストーンウォール!」


 2枚目を現出するやいなや、白炎が壁に激突。

 その衝撃に石壁が揺れ、シャリエルンの氷壁は……。


 ジュゥゥゥゥ。


 1枚目の氷壁に無数のひびが入り、そのまま溶け散ってしまった。

 初撃の火魔法でダメージを受けていたとはいえ、たった数秒で……。


 なんて驚いてる場合じゃない。

 この攻防は僅かな遅れが致命傷に繋がるものなんだ。


「氷壁!」


「ストーンウォール!」


 シャリエルンに続いて新たな魔法壁を構築。


 ゴゴオォォォ!!


 俺の前には3枚、シャリエルンの前には2枚の防壁が完成、白炎を防いでいる。




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