第63話 異能 2
心の内を覗かれたことによって、俺が異世界人だとばれたのではないか?
そう思った瞬間、急に冷汗が吹き出してきた。
あっという間に背中が濡れる。
……。
いや、でも、ステータス上の露見には何も現れていなかったぞ。
ということは、問題ないんだよな。
「覗くことができるのは、そのほとんどが表面的なもので、感情や心情に近いものだけになります。それに、この力は全ての人に対して使えるわけではありません。ほぼ覗けない対象もいますので」
そうか、感情だけなのか。
それなら、大丈夫だよな。
でも……。
「私はどうですか?」
「それは……」
言葉に詰まり黙り込むフォルディさん。
話しづらいのは理解できるが、こちらとしても聞かずにはいられない。
強く問いただそうと思ったところ。
「申し訳ございません。……コーキ殿の心の内を少しばかり覗こうといたしました」
ゼミアさんが言葉と共に頭を下げてきた。
その横ではスペリスさん、いや、全員が頭を下げて謝罪をしている。
「……」
正直に話してくれたこと、それは何よりだと思うのだが前回のこともある。
頭の中を勝手に覗かれたのだとしたら、簡単に納得できるものではない。
かといって、どうすればいいのかという話だ。
「コーキ殿に対する失礼、お詫びの言葉もございません。ただ、これは見苦しい言い訳になりますが……。我々の掟では、エンノアの地を訪れた全ての者の心を覗くことになっておりましたもので」
そうか、掟か。
なら、仕方ないな。
と簡単には納得できないが。
「みなさん、頭を上げてください。掟というのは分かりました。それがエンノアを守るためというのも」
「……」
「それで私の中に何を読んだのですか」
まずは、それを確認しないと。
ゼミアさんがゆっくりと頭を上げ、躊躇うように口を開く。
「ほとんど何も読み取ることができませんでした。ただ……我らに対し好意のようなものを持たれていると。それだけは感じ取ることができました」
それだけ?
本当にそれだけなのか。
「……」
好意なんて、心を読むまでもなくエンノアに対する俺の態度から一目瞭然だろ。
「それでも、コーキ殿の心の内を覗いたのは紛れもない事実。申し訳ございませんでした」
再び頭を下げる。
「まあ……その程度なら、問題はないのですが」
好意を知られたとしても、問題はない。
だが、これからどうするかが重要だ。
「今後は私の心を覗くのは止めてもらえますよね」
「当然です。エンノアの恩人たるコーキ殿に、そのような失礼なことは二度といたしません」
「信じていいのですね」
「信じていただきたいと思っております」
「そうですか。それを聞くことができて一安心です」
「ただその、付け加えて申しますと。おそらくコーキ殿の心を覗くことは、今後我らには不可能かと思われます」
「理由を聞いてもいいですか」
「そもそもコーキ殿の心は読み難いのですが、今回事実を知りコーキ殿の心の内に警戒心が芽生えましたので、心を読むことはいっそう困難なことになりました。さらに、心を読むには対象との身体的接触が必要となりますが、今後我らがコーキ殿の身体に触れる場合、コーキ殿は警戒されるでしょう。今のエンノアにはそんなコーキ殿の心を読める者など存在しておりません」
心を読むには、接触が必要なんだな。
それなら、万一の場合でも対策は可能か。
とすると、俺に情報を開示してくれたということ自体が信頼の証ということになる。
「私を信頼してくれたということなのですね」
「その通りでございます」
「分かりました。私もエンノアの皆さんとは隔意なくお付き合いたいので、皆様のことを信じたいと思います」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
4人の声が揃った。
まあ、エンノアの思いも行動も納得はできる。
こっちに実害がないのなら、今回は良しとしよう。
「いくつか質問があるのですが、よろしいですか?」
「もちろんです」
「まず、今回はいつ私の心情を読まれたのでしょう?」
「コーキ殿をお迎えした際、皆が握手した時です」
ああ、あの時か。
なるほど。
だから、皆が握手を求めてきたんだな。
「では、心情を読むというのは、どの程度のことですか?」
「読めるのは、その時に思っていることや抱いている心情になります。たとえば、疲れたから休みたいなどといった思いや、嬉しい、悲しいなどの感情などです。もちろん、術者の腕や対象によって読むことのできる深さや内容は変わりますが」
「それでは、眠っている者に触れた場合はどうなるのですか」
「眠っている者の思考や感情は脈絡がないため、なかなか上手く読むことができません」
「分かりました。では、話を戻しますが、記憶操作の方はどうなのでしょう」
「対象者の記憶や思いを操作することが可能です」
ゼミアさんに変わって、フォルディさんが語り始める。
「ただし、こちらも術者の能力と対象によって、操作程度にかなりの幅があります。例えば、記憶を消したり書き換えたりということが可能な対象もいれば、感情を少し操作することしかできない対象もおります」
ということは、前回の時間の流れな中で俺は記憶を書き換えられたということになるのか。
「心を覗くこととは比べ物にならない程、記憶操作は非常に複雑で繊細なものです。そのため、術者の予想外の結果になることも多々あります。エンノアへの訪問の記憶を消したところ、その前後の記憶まで消えてしまったり、感情を操作したところ、感情に伴う記憶が変化してしまったり、などのように」
そうすると、前回の俺への記憶操作もどこまでするつもりだったのか分からないな。
ひょっとすると、単に消去するだけだったのかもしれない。
「ところで、消えた記憶が戻るということもあるのですか?」
「可能性はあると思いますが、通常の生活の中では難しいのではないでしょうか」
俺の記憶は戻っているんだけど。
「戻るとしたら、何か原因はありますかね?」
「そうですね、消えた記憶につながるような強い衝撃を受ければ可能性はあると思います」
「同じような経験をすれば戻りますかね」
「はい、その可能性もあると思います」
俺の記憶が戻った理由も、これで理解できるな。
同じような経験どころか、そのまま同じ経験をしたんだから。
さて、くどいようだが、もう一度確認させてもらおうか。
「それで、私の記憶は操作されましたか」
フォルディさんが、ゼミアさんの顔に目を向ける。
「先ほども申しましたが、決してそのようなことはいたしておりません。それに、コーキ殿の記憶を操作することは難しいかと。その、心を覗いた際に、操作難度が分かりますもので」
でも、前回は操作されたよな。
どういうことだ?
ああ、そうか。
今は警戒しているが、前回は無警戒だったからということか。
なるほどな。
「分かりました。その言葉を信じます」
まあ、色々と思うところもあるが、今は信じようと思う。
「感謝いたします」
さて、これで聞きたいことはほとんど聞けたかな。
これで感情的に完全に納得したとは言いきれないけれど、それでもエンノアの皆さんの俺への思いは十分に伝わった。こうして重要な能力に関する質問に答えてくれたのも俺を信用してくれているからだろう。
それに、前回の時間軸での記憶操作に関しては、今のこの人たちがしたことではない。
何とも複雑な思いはするが、この人たちに対して前回の時間軸での責任を問うのはおかしいことだからな。
なら、まあ。
この話はもう終わりにした方がいい。
「皆さん、正直に話していただき、ありがとうございました。私の聞きたいことは聞けましたし、凡そのところは理解できましたので、話はここまでにしたいと思います」
ん?
4人そろって微妙な顔をしている。
まだ、何かあるのか。
「コーキ殿……」
「はい?」
「今さらコーキ殿に隠すことでもございませんので、異能についてもう少し話をしたいと」
「はあ、話とは何でしょう?」
「実はエンノアには、もうひとつ異能がありまして。それが……フォルディ、お見せしなさい」
「はい」
頷いたフォルディさんが真剣な表情で一歩前に出た。
両手を前に出している。
そして……。
地面に落ちていた小石が浮き上がりだす。
これが、フォルディさんの能力。
「念動力です」
そう、これもあるんだった。
というか、前回はこの力を目撃してしまったので、記憶を操作されたのかもしれないな。
「実は、フォルディがコーキさんに助けられた際に発動していたのですが、気付かれませんでしたか?」
「そういえば、目にしたような気がします」
「そうでしたか。それがこちらの力となります」
「なるほど、大したものですね。それで、この力は皆さんも使えるのですか?」
「念動力者はフォルディを含めて5人だけです」
ちなみに、フォルディさんは読心もできるらしい。
2つの異能持ちはかなり珍しいとのことだ。
それでも、本人は。
「コーキさんの魔法とは比較にもならないものですが」
はにかみながら謙遜している。
いや、いや。
読心に念動力、大したものだと思うよ。
「コーキ殿、これが我らの持つ異能の全てです」





