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第625話  鱗


<エリシティア視点>




 普段から強気一辺倒で弱音など見せようともしないギリオンの口から呻きが漏れ続けている。


「うぅぅ……」


 鱗化の初期段階では、ここまで苦しんでいなかったのに。

 あの時と違い、鱗が両腕全体に広がっているとはいえ……。



「ギリオン殿」


 苦しむギリオンの鱗化症状を調べるべく、ウォーライルとリリニュスがギリオンに近づいていく。

 一方、ヴァルターは数歩離れた位置でドラゴンの再襲撃や他の魔物の出現に備えている。


「鱗状態の確認のため素肌を見せてもらっても?」


「……ああ」


「では、まず上着から」


 脱衣に手を貸すウォーライルとリリニュスにされるがまま、拒絶する素振りもない。これもまた、健常時には考えられないことだ。


「こいつもか?」


 戦闘用装備を1つずつ外され、残されたのは下着のシャツ1枚。


「ええ、脱いでください」


「……」


 露わになったギリオンの上半身は……!?


「「っ!?」」


 目に入ってきたのは鈍い光を放つ蒼鱗。


「ギリオン……」


 予想はしていたものの、ここまで進んでいたとは!


「右がやられちまってるな」


「「……」」


 2人とも言葉を失っている。

 周りで様子を窺っていた者たちも、もちろん私とヴァルターも。


「で、後ろはどんな感じだ?」


「……背中に鱗は出ていません」


「おっ、背にはねえのか。なら、まだましだな」


「ですが、前は右半身の大半が!」


「今回はかなり力が漲ってたしよ、まあ仕方ねえわ」


 仕方ないで済ませていいのか?


「痛みは? ギリオン殿、右胸に痛みは?」


「腕ほどじゃあねえ。多分、胸の方は鱗化の途中だと思うぜ」


 確かに、両腕の鱗に比べると色がくすんでいるし脆そうにも映る。


「これなら元に戻んのも早いだろ」


「そうなのですね?」


「おう」


「ギリオン、腕はどうなのだ?」


「……ちっと時間がかかるかもな」


「「……」」

「「……」」


「おいおい、しけた面すんなって」


 そうは言っても、この状況だぞ。


「オレ様の大活躍でドラゴンの眷属を倒した直後だってえのに、渋面なんて見たくねえわ」


「「……」」

「「……」」


「それによぉ、時間が経ちゃ元に戻んだからよ」


 本当か?

 ここまで鱗化が進んでも、元の素肌に戻れるんだな?


「って、おめえら固まってても意味ねえぞ。調べんなら、下もさっさとやってくれ」


 確かに、その通り。

 戸惑い固まっていても何も進まない。

 まずは全てを調べてからだ。


「分かりました、下半身も調べましょう」


 ということで、下半身の鱗化を調べたところ。

 左右の脚ともに症状はまったく見られなかった。


 とりあえず安心……できるかどうかは怪しいものの、最悪の状況に至っていないことだけは確認できたと。そう考えてもいいだろう。




「よーし、麓に向かおうぜ」


「その身体で歩けるのか?」


「おう、動くことには問題ねえ」


「痛みが酷いはずだが?」


 時折顔を歪めているではないか。


「脚は痛くねえから大丈夫だな」


「ギリオン……」


「心配ねえよ。んなことより、姫さんは自分のこと考えてくれ」


「……」


「ここを出て黒都でアイスタージウスをやっつけんだろ」


「……うむ」


 そう。

 私には為すべきことがある。

 何を犠牲にしても成し遂げねばならぬことが。


 だが……。


「では、ギリオンが動けなくなったら休憩するということで。まずは出発したらいかがでしょう?」


 ヴァルターの提言にウォーライル、リリニュスをはじめほぼ全ての騎士たちが頷いている。


「ってことで、姫さん、出発だ」





*************************





「どうする?」


「……」


 城門を出たシャリエルンと俺に近づいて来る気配が1つ。

 間違いなくこちらを追っているのだろう。


 通常の道行きなら、そういうこともある。頭を悩ますことでもない。


 ただ、今の俺たちはとんでもない速度で駆けているんだ。超常ともいえる強化脚での疾走に追いつける者が普通なわけがない。しかも、城壁を越えた形でワディナートを出た後となると……。


「迎え撃つか?」


 そうだな。

 追ってくる者を見定め敵と判明したなら、迎撃も選択肢の1つになる。

 が、その前に。


「速度を上げてもついて来れるか試してみませんか?」


 今の俺たちの走行はあくまで長時間長距離移動を想定したもの。効率を無視すればさらなる加速も可能。


「引き離すことができれば、それはそれで良いでしょうし」


 相手の対応次第で、力量を測ることもできる。


「……悪くないな」


 シャリエルンも賛同してくれたようだ。


「では、いきますよ」


「ああ」


 2人同時に加速を敢行、と同時に視界も風も一変。


「……」


 これまでの2倍とはいかないが、1,5倍以上の速度は出ているはず。

 マラソンペースから短距離走ペースに変えたようなものか。


「しばらくこのまま進みたいのですが?」


「……努力しよう」


 そう言いながらも、顔には余裕が残っている。

 何度見ても、素晴らしい魔力運用だよ。


 さて、追走者はというと?

 あちらも速度を上げたようだが……。


 引き離せていない?

 この速度にも対応できると?


 いや、それどころじゃない。

 さらに速度を上げたぞ!


「信じがたいな」


「……」


 こうなればもう。


「仕方ない。迎え撃つか」


「……ええ」


「ちょうどいい。ここで待つぞ」


 追走者がこちらに仇をなす者なのか?

 あるいは、それ以外の何らかの目的を持っているのか?


 まずは見極めるとしよう。



「来たな」


 待つこと数分。

 もう完全に視認できる状況だ。


「知っている者か?」


「いえ」


 気配にも姿形にも覚えはない。


「シャリエルンさんは?」


「……分からぬな」


 やはり、2人ともに覚えがない相手か。


「この速度で走れる者を忘れることもないでしょうし、追手である可能性が高いですね」


「ああ、戦闘は避けられぬようだ」


「……」


 そうは言っても、敵だと断定まではできない。

 ならば、ここは鑑定に頼るべき。


 発動範囲内までは、あと僅か。


 よし、鑑定発動!


 どうだ?

 レザンジュの手の者か?



 ???


レベル ??


??歳 女 人間


HP  ???

MP  ???

STR ???

AGI ???

INT ???


<スキル>

??  ??




 なっ!

 鑑定ができない!?





今回もお待たせして申し訳ありませんでした。

ただ、この繫忙期ももうすぐ終わるはずです。

そうすればペースも戻せるかと……。


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