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第622話  再び


<エリシティア視点>




 ここがただの山中なのか異界なのか?

 推測はできても断定はできない。それでも、皆が言うように麓に向かえば明らかになる。ならば、迷うこともない。


「麓に向かうとしよう」


「「「「「「「はっ」」」」」」」


 今我々がいるのは山中にしては幅の広い坂道の中程。とりあえず、この道を下るだけだ。


「お待ちください」


 下山に向け足を踏み出した私の前に立ち塞がったのはウォーライル。

 なぜ進路を遮る?

 おまえも下山に賛成していたであろう?


「どうした?」


「麓に向かう前に、エリシティア様の治療をいたします」


 なるほど、そういうことか。

 が。


「問題ない」


「いえ、異界から解放される直前の戦闘で負傷されているはずですので」


「……」


 確かに軽傷を負ってはいるが、治療するほどではない。

 それに、ここが山中だというなら急ぐべきだろう。


「治療は後回しだ」


「魔物による負傷を侮ってはいけません。エリシティア様は至尊のお身体なのですから」


「日暮れ前に麓に到着できぬかもしれぬぞ」


「それでもです。最悪の事態に陥らぬよう、迅速適切に治療しましょう」


「……」


「そもそも、すぐ出発したからといって夜までに下山が完了するとも限りませんので」


 ウォーライルらしい正論だ。

 返す言葉もないな。


「治療班、すぐ処置をするように」


「「はい」」


 ウォーライルの言を受け、2人の衛生兵が私の前に駆け寄って来る。


 ん?

 魔法薬?


「そなたら、治癒魔法は?」


「申し訳ございません。魔力が回復しておりませぬゆえ」


 まだ使えぬか?


「ふむ……」


 国境の平原、異界と続いた戦闘、さらに今回の半数離脱により衛生兵自体が足りておらぬ。その上、彼らの魔力も枯渇し魔法薬の備蓄も心許ない。であるなら。


「魔法薬の使用は最低限に留めるように」


「エリシティア様!」


「しばらくは新たな薬が手に入らぬやもしれぬ。そのような状況で、軽傷に貴重な薬を大量に使うわけにはいかぬだろ」


「……」


「では、治療の続きを頼む」


「「承知いたしました」」


 量を抑えた魔法薬が傷口に染みていく。


「っ……」


 軽傷だと思っていたが、それなりの傷だったか。

 やはり、異常な状況下での判断を過信するのは良くないな。


 しかし、そうすると……。


 皆の負傷も気になるというもの。

 特に異界で大奮闘したギリオンはどうなのだ?

 鱗化の影響で痛覚が鈍っているようにも見えたが?

 そもそも鱗化は問題ないのか?


「ギリオ……」


 衛生兵の後ろに立つギリオンの様子を見るべく目を向けた、その先。

 見たくもない現象が、そこに!


「歪んで?」


 私の言葉に空気が張りつめる。

 若干緩んでいた皆の顔が緊張感に包まれていく。


「姫さん、どこに歪みが?」


「ギリオンの後ろだ」


「っ!?」


「「「「「これは!?」」」」」


 僅かだった歪みが次第に大きなものとなり、そして。


「グルゥゥ……」


「グゥルォ……」


 2頭のドラゴンが姿を現した!


「ドラゴン……」

「ドラゴンが生きてる?」

「なら、どうして異界が消えたんだ?」


 この地にドラゴンの気配はなく、残滓のようなものも感じられないとリリニュスは言っていたが……また新たにここにやって来たと?


「……」


 ただ、やつらは異界主である蒼鱗のドラゴンではない。

 眷属の2体だ。


「しつこい奴らだぜ。けどまあ、ちょうどいい。まだ戦い足りなかったからよぉ」


 ギリオンがドラゴンに向かって歩き始めている。

 その後を追うヴァルターは、こちらを振り返り。


「ウォーライル殿はエリシティア様を護って後ろへ」


「……承知」


 頷き走り寄るウォーライルと騎士たち。私と衛生兵を護るように壁を作り出していく。彼らの動きには迷いなど微塵もなく、あっという間に態勢を整えてしまった。


 ただ、ヴァルター、ギリオンは。


「2人で戦うつもりか?」


「ええ……いえ」


「?」


「魔力に余裕のある者がいるなら援護を」


 衛生兵同様、異界での連戦をこなした魔法騎士たちの魔力も回復していないはず。

 今この場で魔法を使えるとすれば。


「低位魔法数発なら可能です」


 リリニュスと、私くらいか。


「ふむ、私とリリニュスで援護しよう」


「「「エリシティア様!」」」


 私の魔力は温存すべき。もちろん分かっている。

 が、今はもうそんなことを言っている場合ではない。


「枯渇はさせぬ。心配無用だ」


「「「……」」」


「ヴァルター、ギリオン、加勢はするが、そう数は撃てぬぞ」


「充分だ、ちっと撃ってくれればよ。だろ、ヴァルター」


「問題ない。2体いるとはいえ、本体と比べれば数段劣っているからな」


「グルル……」


「グルゥゥ……」


 確かに、迫力も気配もかなり違う。


「彼らの言う通りです。本体どころか異界で戦った眷属より弱い個体ですので」


 魔法の準備に入ったリリニュスの目も確信に満ちている。


「……そうか」


 ならば、勝算も高いはず。


「2人とも頼んだぞ」


「おう、任せとけ。いくぜ、ヴァルター!」


「ああ」


 気合を発しながら駆け出すギリオンとヴァルター。


「たぁぁ!!」


 まずはギリオンの剛剣だ。





*************************





「アリマ、イリサヴィア、着いたぞ」


 シャリエルンの言葉に目を開くと……そこは薄暗い空間。

 無駄な物など何も置かれていない、不思議な空気に満ちた広い部屋だった。


「……」


 不思議な空気に妙な感覚。

 宝具による瞬間移動を初めて経験したためだろうか?

 平衡感覚も若干狂っているように感じる。


「うぅ……」


 隣にいるサイラスさんも同様。

 ただ、剣姫は問題ないようだ。


「平気か?」


「……ええ」


 まあ、動き自体に大きな支障はない。


「ならばよし。そのズレもすぐに治まるはずだ」


「「……」」


「さて、ここはワディナートにある我らの拠点になる」


 移宝エルンベルンの対象地点として登録された憂鬱な薔薇の隠れ家?

 無事に到着したんだよな?


「心配ない。移宝は無事発動しているぞ」


 ここが本当にワディナートなのか今は定かじゃないが、憂鬱な薔薇が俺たちを騙す意味はないだろうし、何より街に出れば分かること。


 ということで、まずはそれを確認すべく外に出ようと扉に足を向けた俺の前を。


「うむ」


 剣姫が歩いていく。

 その歩みは普段通り、気負いも迷いも見えはしない。

 いつも思うことだが、大したものだな。


「では、エビルズピークに向かうとしよう」






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