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第621話  移宝



「移宝エルンベルンの設定地点はワディナートだ」


「……」


 今はレザンジュ王軍の統治下にあるワディン領都ワディナート。

 エビルズピークからはそう離れていない。


 強化脚で休まず駆け続ければ、半日程度で到着できるはず。

 それなら、ギリギリ魔力ももつ。


「どうだ? ともに行くか?」


「……良いのですか?」


 こちらにとっては、渡りに船ともいえる提案。

 ぜひお願いしたい。


 ただ、団長シャリエルンと副長エフェルベット以外の4人、ティアルダ、ドロテア、セルフィアナ、ラルスは明らかに不満そうな顔をしている。


「問題ない。それに、君らの力が必要になるかもしれぬからな」


 エビルズピークのあの地点までの道案内、さらにエビルズマリスとの再戦可能性。それらを考慮して、同行が望ましいと。


「イリサヴィア様?」


「うむ、悪くない」


 俺とシャリエルンが話している間沈黙していた剣姫が迷いも見せず肯定する。

 ならば、こちらに否やはない。


「では、お願いします」





*************************


<エリシティア視点>




「ここは?」


 異界に発生した歪みに飲まれ、気付けばこの場にいたのだが……。


「……」


 あの異界ではない、国境の平原でもない。

 周りの眺めも、まったく覚えがないものだ。


 いったい何が起こっている?


「エリシティア様、この景色は山中かと?」


「……ふむ」


 山林であることは周囲の様子から一目瞭然。

 疑いなどない、が、問題なのは。


「どこの山なのか?」


「……」


 目を伏せ口を噤むウォーライル。

 分からぬのだな。


 ならば。


「誰か、この地を知る者は?」


「「「「「……」」」」」

「「「「「……」」」」」


 皆、戸惑った表情で口を閉ざしたまま。


「「「「「……」」」」」

「「「「「……」」」」」


 知る者はおらぬ、か。


「ふむ」


 異界を脱しこの地に足をつけているのはウォーライル、リリニュス、ヴァルター、ギリオンを含め全体の半数程度。その中に現状を理解する者は誰一人いない。


「ここがどっかは分かんねえけどよぉ、姫さん」


 ギリオン……。


「まっ、あの空間よりはましだろ」


「……」


 その通り。

 私もそう思う。


 ただ、我らは偽王アイスタージウスのいる黒晶宮を目指していたのだ。

 どことも知れぬ山中からカーンゴルムまで辿り着けるのか?


 いや、そもそも、我らは異界から脱しているのだろうな?


「ここが新たな異界ということは?」


「「「「「……」」」」」

「「「「「……」」」」」


 この地を知らず、状況も理解できぬ者にとっては難しい問いだろう。

 が……。


「エリシティア様、周囲にドラゴンの気配は存在しません」


 やつの気配なら、そう。

 まったく感じられない。

 とはいえ、あの異界でもドラゴンは頻繁に消えていたぞ。


「それで?」


「大気中の痕跡も皆無です。ここがドラゴンの創り出した異界なら何らかの波動を感じ取れるはずですのに」


 気配はなくとも、痕跡や波動は残っているはず。

 優れた感知能力を持つリリニュスなら、それらに気付けると?


「つまり、ここは異界ではない?」


「はい、私はそう考えます」


「オレもそう思うぞ」


 リリニュスの分析に加え、ギリオンの勘まで。


「……」


 ともに軽視できるものではないな。

 それに、確かに……。


 空気が澄みわたり不愉快な波動も存在しないこの地は、鉄錆色に染まった陰鬱な世界とは比ぶべくもない、か。


「つうか、行けば分かんだろ。さっさと下に向かおうぜ」


 私の隣に立つギリオンが痺れを切らしたのか、今にも歩き出そうとしている。


「ウォーライルの意見は?」


「ギリオン殿の言う通り、下山に賛成です」


「ヴァルターは?」


「ここが異界でしたら道中で進路を遮られるでしょう。いずれにしても、進めば分かることかと」


「ふむ……ならばよし」


 麓に向かうとしよう。






*************************


<ヴァーン視点>




「あっ!」


「大丈夫か?」


「……ごめんなさい」


 地上にせり出した木の根に足を取られたシアが、俺の腕の中で申し訳なさそうに顔を歪めている。


「気にすんなよ」


「でも、さっきから躓いてばかりだし」


 目が見えないんだから、仕方ないことだ。


「無理を聞いてもらって、ついてきたのに……」


「だから、気にすんなって」


「ヴァーン……」


「……」


 シア、やめろ。

 そんな目で見つめんじゃねえ。

 皆もいるのに反応に困るじゃねえか。


 って、見えてないんだった。

 はぁ~。


「……ありがと」


「ああ」


 今回の道行がシアにとって危険なのは言うまでもない。

 俺もシアも、よく分かっている。

 それでも、ひとり白都で待ちたくない、同行すると言い張るシアに説得されたのは俺だ。

 つまり、責任はこっちにあるんだからよ。


 そんなわけで同行を許可した俺は、シアの護衛のため冒険者を雇ったんだが……。


「おいおい、ヴァーン、こんな山中で何してんだ?」


「ほんと、熱いわよねぇ」


「……」


 やっぱり、こうなっちまうよな。


「サージさん、ブリギッテさん、ごめんなさい」


「あっ、いや」


「シアさんが謝ることじゃないわ」


「でも、わたしのために来てもらったのに……」


「確かに、この山中探索はシアさんのためだけど、私たちの仕事でもあるから」


「そうだぜ。こっちはヴァーンから依頼料貰ってんだ。だから、気にしないでくれ」


「……ありがとう、サージさん、ブリギッテさん」


「いいってことよ。で、ヴァーン、俺たちゃどこまで上るんだ?」


「目的のベニワスレは頂上付近にあるからな、もう少し歩いてもらうぞ」


「はぁぁ、遠すぎんだろ」


「金払ってんだから、しっかり働け」


「過剰労働じゃねえか」


「契約した冒険者は黙って上りゃいい」


「ちっ!」


 文句を言いながらも歩みにはよどみがない。

 さすが、経験豊富な冒険者だな。


「ところで、ヴァーン。山頂付近のベニワスレはまだ咲いてんでしょうね?」


「ああ……多分な」


「多分って、咲いてなきゃ採取できないじゃないの」


「……」


 今回の俺たちの目的はベニワスレの花と葉の採取。

 先日とある伝手から得た情報でシアの目を治療するための秘薬調合が判明し、その原料の1つがベニワスレだと分かったからだ。


 今は季節的に若干難しいものがある。

 ただ、この山頂なら花も残っているはず。

 そう思いたい。




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