第617話 手詰まり?
<エリシティア視点>
「リリニュス、気配は?」
「……感じられません」
「そうか」
あの兇悪な気配をリリニュスが感知できないわけがない。
つまり、ドラゴンはもう異界に存在しないと。
「ったく、きりがねえぜ!」
「「「……」」」
通常の攻撃では傷つけることすらできない程に頑丈な蒼鱗を持つドラゴン。鱗で強化されたギリオンがいなければ、初戦で全滅していた可能性すらあっただろう。
そのような怪物相手の戦いが困難なのは当然のこと。にもかかわらず、対するドラゴンはたった1枚の鱗を砕かれただけで、躊躇なく消えてしまう。
こんな戦いが続くようなら……。
まったく先が見えてこない。
好ましい予感など浮かぶべくもない。
一刻も早くレザンジュに戻らねばならぬのに。
はぁ……。
偽王アイスタージウスと対峙するどころではないな。
それ以前に討伐の目処も、糧食の蓄えも……。
嫌な予感は当たるもの。
その後のドラゴンとの戦闘でも鱗の破壊には数度成功したのだが、結局そこ止まり。鱗の下に深手を負わせる前に逃げられてしまう。あとが続かない。
倒しきれないだけならまだしも、こちらの被害も軽視できないものになりつつある。さらに、糧食の残りもわずか。あと2日保てば良い方だ。
そんな状態で迎えた最前の戦いでは、ドラゴンのブレスまで受けてしまった。
幸い、死者は最小にとどめることができたものの、深い傷を負った者は数えきれないほどに……。
「……」
こうなると、当然。
空気も重く沈むというもの。
「「「……」」」
「「「……」」」
「「「……」」」
ただし、この男だけは違う。
「おい、おい、しけた面すんじゃねえ」
「ギリオン殿……」
「最初は通用しなかった攻撃も今は通り始めてるんだぜ。あとは、ドラゴンが逃げるのを防ぎゃいい」
「それができないから手を焼いている」
「何言ってんだ、ヴァルター!」
「……」
「四の五の言ってねえで、できるようにするしかねえ。暗い顔してても何も変わんねえだろうがよ」
「……方策はあるのか?」
「翼だ。剣も魔法も片翼に攻撃を集中してやる」
「飛行を防いでも、あの消失は防げないが?」
「翼攻撃と同時に首に縄をつけんだよ。そうすりゃ、首輪で拘束できんだろ」
なるほど。
縄を首に回せれば、去ろうとするドラゴンをこの地に留めることができるかもしれない。もちろん、縄で繋いでいても消えてしまうかもしれないが、試す価値はありそうだ。
「とにかく試す。で、駄目なら次の手を考える。これを続けるしかねえ」
「……そうだな」
「ええ、ギリオン殿の言う通りやってみましょう」
沈滞していた空気が、今は少しずつ流れ始めている。
大したものだな。
「っと、さっそくじゃねえか」
ギリオンが指さす空間に歪み。
「よーし、今度こそやってやろうぜ!」
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兇神エビルズマリスの足下に見える血染めの衣装と1本の腕。
その意匠と紋章から、エリシティア様の護衛のものだと思われる。
「ドラゴンがエリシティア様を襲ったのか?」
「魔物一体で護衛隊全員を?」
そういうことなんだろう。
「本当に……?」
「ですが、団長。エリシティア様はどこに?」
「……」
「……」
黙り込む白金髪シャリエルンと金髪魔法使い。
そうだよな。
分からないよな。
けど、まず間違いない。
ことがエビルズマリスの仕業となれば。
「異界ですよ」
「「異界?」」
「ええ。この怪物は固有の異界を構築できるんです」
「「……」」
すぐには信じられないのか、2人が無言でこちらを見つめてくる。
「そのような戯言を信じろと?」
怪物が異界を創造するなんてあり得ない。
この世界では、それが常識だ。
ただ、俺と剣姫は実際に経験してるんだよ。
「アリマの言う通り。やつは異なる世界を創ることができる」
「「……」」
「私の言葉も信じられないかな?」
一言告げ、フードを脱ぐ剣姫。
「……濃紺の髪色、蒼い瞳、それにその魔剣」
「まさか」
「イリサヴィアなのか?」
やっぱり、気づいてなかったんだな。
「うむ」
「「……」」
「まっ、今は信じずともよい。あいつを倒せば、自ずと明らかになるのだから」
「倒せば分かるとは、どういうことだ?」
「異界が崩壊するんですよ。ですから、エリシティア様たちはこの平原に戻って来るはずです」
「真か?」
「本当なんですね?」
「……前回はそうでした」
「前回? それは?」
時間切れだ。
エビルズマリスが動き出してしまう。
「話は後です。イリサヴィア様!」
「うむ」
阿吽の呼吸で駆け出す剣姫。
既に魔力充填済みの魔剣ドゥエリンガーと共に空を切り。
ガリッ!
一撃で鱗を半壊させてしまった。
「グギャァ」
さらに剣を振るおうとする剣姫の傍らから俺の剣も。
ガキン!
炸裂。
会心の一撃だ。
そして……。
バリーーン!
蒼鱗が崩壊。剣姫と俺のたった2撃で?
「ギャアァァァ!」
前回は途轍もない時間がかかった鱗破壊なのに、こんな僅かな時間で破壊できるなんて?
「アリマ、腕を上げたな」
「ありがとうございます。ですが、今回は前回ほどの硬さがないのかもしれません」
「……確かに」
一度倒したからか、それとも他に理由があるのか?
よく分からないが、エビルズマリス討伐の好機であることに変わりはない。
「今度こそ倒し切りましょう」
「うむ」
頷いた剣姫がドゥエリンガーで再び襲い掛かる。
ガン!
ガリッ!
バシ!
バシュッ!
いつ見ても惚れ惚れするような剣閃。
エビルズマリスがなす術もなく傷を負っていく。
俺が手を出す隙もない程の攻勢だ。
「グギャ、グギャ!」
あっという間に、翼を切り裂き。
ガキンッ!
バリーーン!
2枚目の鱗も砕け散ってしまった。
「グギャアァァァ!」
こうして見ていると、さっきの赤髪剣士との戦いで本気を出していなかったのは明らか。
かなり手を抜いていたのだろう。
「団長?」
「……恐ろしい程の剣の冴えだ」
「……」
それは後ろの2人も分かっている。





