第62話 異能 1
「予知……」
誰ともなく呟く声が聞こえてくる。
「厳密に言うと少し違うのですが、予知に近い能力を使い、この地に私が癒すべき方々がいると知ったのです」
リセットを使っているわけだから、嘘とまでは言えないだろう。
「それは……」
「もちろん、信じるかどうかは皆さんの自由です」
「……信じます」
「私も」
「私もです」
「私も」
ゼミアさんの声に続き、全員が信じると口にする。
こうも簡単に信用されると、拍子抜けするような申し訳ないような複雑な心境になるが、ここからが本題だからな。
「信じていただき、ありがとうございます。それで、もうひとつ私に見えたモノがありまして、それは……」
「……」
「……」
「……」
「……」
再び場が静まってしまう。
「あなた方、エンノアの皆さんには一般人が持ちえぬ力、異能がある」
皆黙ったまま。
「それが見えたのです」
異能が見えるというのは、どう考えても予知ではないだろうが。
ここは押し切らせてもらおう。
「……」
緊張から解き放たれたように息を吐く4人。
ん?
この反応は何だ。
「それは、どのような異能なのでしょう」
「……記憶を操作する異能です」
「なんと!」
「そこまで見えるとは!」
「……」
「……」
「ということは、事実なのですね」
「……はい」
「そうですか」
やはり持っていたんだな。
人の記憶を操るなんて容易には信じ難い能力だが、それを言うなら、俺のセーブ&リセットも充分異常な力だ。
それに、ここは異世界。
なら、その存在自体は信じることができる。
「となりますと、私としても正直警戒せざるを得ません」
今この時点で既に記憶操作されている可能性もある。
そう考えただけでも、落ち着かない気分になるな。
「それは誤解です」
「そうです、我らはコーキ殿にそのようなこと決していたしません」
「コーキさん、約束します」
「皆の言う通りです。大恩ある方に、決してそのような失礼はいたしません」
そうは言っても、前回の時間の流れの中では多分使われているからな。
ただもし、今回使われていないのならば、前回のことを責めるわけにはいかないんだよ。
そこを詳しく話せないのが何とももどかしい。
「では、どのような時に使われるのですか」
「エンノアが危機に陥る可能性がある時です」
「フォルディ様、よろしいのですか?」
「サキュルス、ここは正直に話すべきだと思う」
「ゼミア様もそのように?」
「コーキ殿に隠すわけにはいくまい」
「……分かりました。出過ぎたことを、申し訳ございません」
「コーキ殿、サキュルスの発言はエンノアを心配してのこと、どうかお許しください」
ゼミアさんが謝罪をしてくれる。
サキュルスさんも頭を下げている。
「もちろんです、サキュルスさんの心配も分かりますので」
「ありがとうございます。……フォルディ、続きを」
「はい。コーキさん、まずエンノアがなぜ地下に住んでいるかを簡単に説明します」
「お願いします」
「エンノアの者にとってテポレン山は聖地ともいえる場所です。太古の昔、我らの祖先がこの地でトトメリウス神から加護を与えられて以来、変わることなく聖地であり続けてきました」
トトメリウス神というのは広場にある石像、鳥頭人身の神様のことだな。
「当時の祖先はテポレン山の地中だけでなく地上でも、というより、むしろその多くは地上で暮らしておりました。そんなエンノアでしたが時が経つにつれて一部の者がテポレン山を離れて暮らし始めるようになり、そんな我らの能力を高く評価する当時の権力者たちと近い関係を築き始めたのです」
記憶を操ることができる能力を持っているのだから、それを知った権力者が放置するはずもないか。
「最盛期にはテポレン山で暮らす住民の数の5倍以上の者が都市部で暮らしていたとのことです。しかし、その蜜月関係も長く続くものではありませんでした。我らの能力によって、地位を追われる者が続出したからです」
「なるほど」
「その結果、権力者の多くが疑心暗鬼に陥り、次は我が身と不安を抱く者が増えていきました」
「エンノアの皆さんを保護する権力者はいなかったのですか?」
「もちろん、おりました。当初はエンノアの力を頼り我らを保護する者もかなり存在したとのことです」
「そうですよね」
「はい……。ですが、我らを糾弾する勢力が次第に力を持ち始め、ついにエンノアへの迫害が始まったのです」
エンノアを求める者より、エンノアを恐れる者の力が勝ったというわけか。
「その容赦のない迫害により、地上での居場所をなくしたエンノアの大半は再びテポレン山へ戻り、そして地下へと追われることになったという訳です」
テポレン山で暮らすエンノアの人々は地上と地下の両方を上手く活用して生活していたらしいが、迫害されていた当時は地下で暮らす者が多かったのだろう。
「その後、近隣との交流を極力避け、この地に隠れ住み続けたこともあり、現在のエンノアには地上の者への警戒心が強く残っているのです」
「その心情は納得できます。しかし、私には最初から友好的に接してくれましたよね」
「それは、ユーリアとボクの命の恩人ですから当然ですよ」
「それでも警戒した方が良いのでは?」
「コーキさんのことは、その、他のことも含め信用できる方だと判断したからです」
「……」
信用してくれるのは、ありがたいことだが。
何か引っかかるものがあるな。
「それに今となっては、コーキさんはエンノアを病から救っていただいた大恩人です。そんな方を信用しないなど、ありえないことです」
「……そうですか」
「コーキさんほどではありませんが、エンノアに対し友好的に接してくれる方には、警戒を解くこともやぶさかではありません」
「……」
「今でも数年に1度程度のことですが、偶然が重なりエンノアを訪れることになる者がおります」
それは前回聞いたな。
「その者が我らに友好的であれば、やはり、それ相応の待遇で迎えますので」
それは、まあ、そうなんだろう。
「ただし、友好的でない場合は……」
問題だな。
「その者たちが地上に戻った後、我らの存在を広め権力者の耳に届くことになればどうなるか。我らは常に不安を抱えることになります」
権力者に知られると、迫害されるのか?
それとも、利用されるのか?
いや、それ以前にエンノアの異能を理解しているのか。
「キュベリッツやレザンジュといった隣国の権力者は、皆さんの異能について知っているのでしょうか?」
「おそらく、この500年で人々の記憶からはほぼ消えていると思われます。我らと交流していた時でさえ、異能については一部の者しか知りませんでしたから。ただ、文献などには残っている可能性もあるかと」
「それならば、そこまで警戒しなくても良いのではないですか?」
「冷静に考えれば、そうなのですが……。エンノアには、どうしても拭い去れない不安がありまして」
「コーキ殿、我らにもこの存念は如何ともしがたいのです」
「なるほど、納得いたしました」
迫害の歴史、その記憶が心底まで根付いているのかもしれないな。
「そういう訳で、こちらを訪れた全ての方に、エンノアについては口外しないようお願いしているのですが、それを守ってくれる訪問者ばかりではなく」
そこで、記憶操作というわけか。
確かに、それを使う気持ちは理解できる。
操作されたこっちの気分は良くはないけど。
「ですから、我らの憂慮を取り除くため訪問者の心の内を覗き、口外する可能性がある者については、記憶を操作することにしたのです。ああ、記憶操作された者が不調をきたすことはありませんので」
うん?
心の内を覗くだって?
「ちょっと待ってください。人の心を覗くこともできるのですか?」
「はい、記憶操作よりは容易です」
ということは、俺の心の中も覗かれたのか。
まさか、異なる世界から来たことも知られたのでは!?
ここで3人以上に露見していたら、おしまいだぞ。





