第614話 攻防 3
青髪魔法使いが繰り出したファイヤーボールを消滅させた後、2人を眠らせるべく足を踏み出そうとしたところに、金髪低級の詠唱。
「……エリルエイル」
これは魔法じゃない、宝具だ。
「ベアサマ」
オルセーとの戦いで何度も身に浴びた対象の動きを止める宝具。マリスダリスの刻宝。
魔道具とは比べものにならない国宝級宝具を、一冒険者が使おうとしている。
腕利きの冒険者パーティーとはいえ、そんなことが可能なのか?
それも、パーティーの中でも低級の冒険者が?
「メニケアイニシャ」
っと、傍観している場合じゃないな。
今の俺ならマリスダリスの刻宝にも対抗できるとはいえ、発動を待つ義理なんてないのだから。
ダン!
地を蹴り跳躍。
「なっ! ファイヤーボール!」
再び青髪魔法使いから放たれた炎を空中で切断し、金髪低級の前に。
「リゼンタ……うっ!」
詠唱終了の直前、胸に掌底を叩き込んでやる。
「ぅぅ……」
さっきの茶髪剣士とは異なり、一撃で沈んでくれた。
もちろん、マリスダリスの刻宝も発動していない。
「ラルス!」
2人の冒険者が倒れたこの場に残るのは青髪魔法使いのみ。
「ラルス!」
その彼女が茶髪剣士を介抱しながら憤怒の形相で睨みつけてくる。
ただ、ここは。
「話を聞いてもらえませんか?」
「よくも!」
「話を」
「黙りなさい!」
こちらは仕掛けられた戦いを受けただけ。
結果として2人を倒したとはいえ、命は奪っていない。
気持ちは分かるけれど、そこまで激怒するのは筋違いってもんだろ。
「ファイヤーアロー!」
話を聞くどころか、問答無用で炎矢を放ってきた。
しかもファイヤーボール以上の威力だ、が。
バシュッ!
剣を振れば消し去ることも可能。
「なっ! アローまで斬れるの? この距離で?」
そう言いながらも次の発動体勢に入っている。
もう話せる状況じゃないな。
仕方ない。
発動直前の青髪に近づき、また掌底を。
「うぅ!」
胸に決まるも、昏倒には至っていない。
打たれる寸前、魔力で防御したようだ。
茶髪剣士といい、青髪といい、さすが腕のある冒険者は違うな。
とはいえ問題はない。
もう1発放てばいいだけ。
よろめく青髪に右手のひらが接触する、と同時に。
「アイスアロー!」
「アイスアロー!」
飛来するのは2本の氷矢。
崩れたストーンウォールの向こうから飛んで来るというのに、かなりの勢いを保っている。
青髪の魔法より速いぞ。
ただ、斬るのが難しい程じゃないか。
バリン、バリン!
狙い通り。
ひと振りで2本の氷矢を破壊できた。
が、問題は掌底が中途半端になってしまったこと。
地に膝をついている青髪の意識も微かに残ったまま。
「ぅぅぅ……」
魔法に気を取られすぎたようだ。
なら、3発目を……って、もう次撃を?
「アイスアロー!」
「アイスアロー!」
バリン、バリン!
「アイスアロー!」
「アイスアロー!」
バリン、バリン!
いとも容易く氷矢を連発してくれる。
魔力量も運用も万全ってことか。
「アイスアロー!」
「アイスアロー!」
バリン、バリン!
厄介な魔法使いだ。
これは、放置できない。
「アイスアロー!」
「アイスアロー!」
バリン、バリン!
氷矢を破壊すると同時に駆ける。
崩れた壁を飛び越え、射手の元へ。
「ようやく離れたな」
表情を変えることなく呟くのはプラチナブロンドの冒険者。
副長と呼ばれていた金髪魔法使いじゃない。
遭遇からここまで無言を貫いていた白金髪だ。
「ウォーターウェーブ!」
その冒険者が次の魔法、水の高位魔法を発動。
俺が青髪たちから離れるのを待っていたのか?
ゴォォォ!!
平原に現れた大量の水が波打つ塊となり襲いかかってくる。
ゴゴォォォ!
壁で防ぐのも跳んで避けるのも、難しいだろう。
だったら、水を斬るしかない!
剣表と内部に纏わせた魔力濃度を瞬間的に高めて一閃。さらに、剣を戻して一閃。
シュ、シュッ!
そのまま連続で魔法の水を斬りつける。
僅かな時間に数えきれないほどの斬撃を浴びせてやる。
すると……。
バッシャーーン!
正面の水が霧散。
左右の水が地に落ちた。
成功だ、が。
白金髪の剣先が目前に?
魔法使いのものとは思えない鋭い刺突!
シュン!
体を左に倒しながら回避する俺の右肩をかすめる白金髪の剣。
薄皮一枚はやられたものの、傷はそれだけ。
「避けたか?」
白金髪は剣先を伸ばしきった状態で俺の右肩に接するような体勢。お互いが交差密着し、剣を振るう隙間がない。常道としては距離を取るべき間合い。
だからこその一撃。右肘を相手の脇腹に。
何?
白金髪が肘を戻してる!
バシッ!
信じられない。
この動きについてきた。
ガードされた。
「……」
「……」
一瞬の硬直の後、僅かに距離を取る白金髪。
こちらも左に跳躍する。
とはいえ、攻撃の手を緩めるつもりはない。
「雷撃!」
「フロストエアー!」
着地するなり雷撃を撃ってやる。
とほぼ同時に白金髪も氷魔法を。
それでも、当たらない。
至近距離から発動したというのに、共に魔法回避に成功している。
ただ、これは……。
ピシ、ピシ!
ピシ、ピシ、ビシッ!
水魔法で濡れていた地面が冷気を受け凍っていく。
俺の足もとまで。
「アイスバレット!」
そこに無数の氷弾。
好くない状況だ。
が、こちらも準備済み。
バリン!
足回りの氷を破壊し。
「雷波!」
紫電の範囲攻撃を発動。
ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン!
バリ、バリ、バリ、バリ、バリ!
飛来する氷弾を包み込むように撃ち落とし、その勢いのままに白金髪に襲い掛かっていく。これは避けられないはず。
なのに。
「アイスウォール!」
驚速で氷壁を作成、紫電を防いでしまった。
「……」
沈黙のまま、再度距離を取る白金髪。
さっきと違い、かなり離れている。
「……」
この冒険者。
魔法も剣もここまで使うとは……。
感知では測りきれなかった。
想像をはるかに超えていた。
恐ろしい魔法剣士だ。
「私はカーンゴルムの冒険者シャリエルンという。君の名は?」
僅かに距離を縮め話しかけてくる白金髪シャリエルン。
「……アリマ」
「アリマ? 始めて聞く名だが?」
「……」
「赤鬼、剣姫、幻影以外にもキュベリッツには君のような冒険者がいるとは、驚きだな」
そう口にしながら楽しそうに笑っている。
「そんな腕利きの君がエリシティア様に害をなすとは残念だよ」
害をなす?
残念?
ということは、彼女たちはエリシティア様の敵じゃない?
なら、戦う必要などないぞ。
「本当に残念だが、致し方ないな」
「違う。私たちはエリシティア様を害していない。そもそも、会えてすらいないのだから」
「どういうことだ?」
「……」
どこから話せばいいのか?
どこまで信用していいのか?
迷いながら言葉を探していた、その時。
尋常じゃない気配がシャリエルンの後ろに。
「!?」
空間が歪んでいる。
「何っ!?」
この歪み。
まさか……。





