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第611話  血痕



 アイスタージウス軍の包囲網を抜け出し、離脱した直後。

 俺と剣姫の前に現れたのは冒険者風の6人。

 もちろん、ひとりとして見知った者はいない。


「左手に持ってるその外套だよ」


 その6人のうち5人までもが普通じゃない気配を放っている。

 鑑定で調べるまでもない。彼女たちはかなりの使い手だ。

 とはいえ、ここは鑑定を使った方がいいな。


「無視してんじゃねえぞ!」


 平原に響き渡るほどの大声で叫ぶのは、並外れた体躯を見せつけるように仁王立ちしている赤髪の女剣士。その赤髪は剣姫の朱色とは異なり、濃い暗赤色のような色合いだ。


「おい!」


 肩に担いだ剣も体躯同様に長く太く、その上かなりの業物に映る。


「あんたら、さっさと答えた方がいい。怪我したくなきゃな」


 こちらの茶髪も女剣士。

 剣も体も一回り小さいものの、それでも大柄な部類だろう。

 実力は赤髪と同等か。


「黙ってるってことは怪我したいのかい? それとも愚かなだけ?」


 口の悪さも同等だな。


「ティアルダ、ドロテア、喧嘩腰で話すのはやめなさい」


 2人を止めたのは金髪の女性。

 剣士ではなく魔法の使い手に見える。


「あいつらが黙ってるからだ」


「それでもよ」


「……」


 ちょうどいい。この隙に鑑定を。

 まずは、赤髪から……。


「ティアルダ!」


「……ちぇっ」


 ほう、なるほど。

 では、こっちは……。


 次に、彼女は……。



「アリマ?」


 鑑定中の俺の傍らにいるのは当然剣姫。

 深くかぶったフードの中で目を光らせながら、小声で尋ねてくる。


「これが狙いか?」


「……」


「気配を察知した上で西を選んだのだな?」


「まあ……」


 狙いというほどでもないが、西に離脱したのは並じゃない気配を感知したからではある。エリシティア様の外套やギリオンの防具だけが残っているという不可解な状況で現れたこんな気配、確かめたくなるってもんだろ。



「とにかく、ここは私に任せてあなたたちは静かにしてなさい」


「……」


「……」


「では、あらためてお聞きしたいのですが」


 剣姫と俺に向かって一歩踏み出してきたのは金髪の女性。


「そちらの外套、どこで手に入れたのです?」


 答える前に、こっちも質問させてもらうぞ。


「あなたがたはこの外套がどういう品か分かってるんですよね?」


「……ええ」


 やはり、エリシティア様の外套だと気づいている。

 なら、彼女たちもエリシティア様を追う冒険者か?

 あるいは、既にエリシティア様たちを連れ去った後か?


「それで、お答えは?」


 彼女たち6人の狙いが何なのかは定かじゃない。

 そんな相手に何と答えるべきか?

 簡単に情報を与えていいわけがないよな。


「話せないと?」


「……」


 剣姫は沈黙したまま身動ぎもしない。

 ここは俺に任せる心算のようだ。


「まず、あなたたちがこの外套を気にする理由を教えてください」


「……」


「そちらも話せませんか?」


 金髪の表情が厳しいものに変わっていく。


「先にこっちが聞いてんだろうが!」


 また赤髪だ。

 頭に血が上り過ぎて黙ってられないんだな。


「さっきから答えもせず質問で返すたぁ、ふざけた野郎だぜ」


「……」


「いいから、さっさと吐きやがれ!」


 やはり、こいつとは話にならない。


「吐かねえなら、吐かせてやるよ」


 獰猛な笑みを浮かべながら金髪の前に出る赤髪。


「ティアルダ?」


「ティアルダさん?」


 仲間の言葉を無視して剣姫に近づき。


「こいつをどこで手に入れたかをな」


 いまだ微動だにしない剣姫の持つ外套に手をかけた。


「寄こせ!」


 そのまま外套を引き寄せようとする。

 もちろん、剣姫も外套を手放すわけがない。


 結果、外套が左右に引っ張られ広がった状態に。


「てめえ……なっ!」


 驚きの声を上げる赤髪。


「血?」


「エリシティア様の!?」


 その通り。

 少し見づらいが、外套に施された金の刺繍、その黄金の紋章が赤く染まっている。

 これが問題なんだ。


「まさか、エリシティア様が負傷を!!」


 ただし、外套に付着した血は僅かなもの。大きな怪我ではないはず。


「おまえら、よくも!」


 って、ちょっと待て。

 剣を振るう気か?


「許さねえ……」


 金髪は?


「ティアルダ」


 制止の声を掛けるが、さっきと違い言葉に力がない。


「許さねえ!」


 当然、赤髪は動きを止めず、肩に担いでいた長剣を上段に持ち上げ。


「!?」


 そのまま振り下ろした!


 こうなると、剣姫も動かかざるを得ない。

 愛剣ドゥエリンガーを鞘から抜き、放たれた剛剣に向け走らせる。


 ガキン!


 火花を散らして剛剣が静止。


「……」


 僅かなぶれもなく、完全に静止している。

 上段から打ち下ろした赤髪は剣を戻すことなく。


「おおぉぉ!」


 さらに力を籠め剣を押し込もうとする。

 そんな力技に対して。


「……」


 平静に対処する剣姫。

 剛剣を難なく受け止めている。


「くっ!」


 赤髪の目には憤怒の色。

 剣姫を睨み殺す勢いだ。


「……雑味が多すぎるな」


 剣姫が口を開いた。


「もう少し落ち着いた方がいい」


「てめえ!」


「まずは剣をおろせ」


「はっ、なわけねえだろ」


 その言葉通り、攻撃を続ける赤髪。

 剣を持ち上げ、再度振り下ろしてくる。


 キン!


「すぐに始末してやらぁ!!」


 これはもう、止まりそうにないな。


 キン、キン!


「おりゃあ!」


 ギン!


 赤髪の剣は、その体躯から想像できる通りの重くて速い剛剣だが、力任せだけじゃない。しっかりとした技術の裏付けが見て取れる。


 とはいえ、相手をするのは超常の剣士、剣姫イリサヴィアだ。


 キン、ギン!


 キン、キン、ギン!


 次々と繰り出される怒涛の連撃を涼しい顔で受け流していく。


「ちっ!」


 舌打ちしながらいったん距離をとる赤髪。

 さすがに息が切れたのだろう。


 その空白の時間に、剣姫が俺に向かって目で合図を送ってきた。


「……」


 目線を外そうとしない。

 瞬きもしない。


「……」


 はぁ。

 分かりましたよ。

 ということで、こちらも視線を送り返すと。


「ふふ……」


 剣姫が口の端に笑みを浮かべている。





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