第610話 接近、離脱
小声で話すティアルダとラルス以外は沈黙のまま。
徐々に距離を詰め。
残すは200歩……150歩。
「ところで、王子軍の中に現れた気配は1つなんですよね?」
「どうなんだ、セル?」
「森では1つだと感じたのですが……どうやら複数いるようです」
「複数?」
「強者が数人いるってことですか?」
「……ええ」
「そいつぁ、ますます面白くなってきたぜ」
「でも、複数相手は大変ですよ」
「ラルス以外は問題ねえ」
「なっ! 私も平気です」
「それは、どうかな」
「ティアルダさん!」
「まっ、安心しな。ラルスの面倒はアタシが見てやるからよ」
「面倒なんてかけません。1人でも大丈夫です!」
「そうか、そうか」
「もう……」
「ティアルダもラルスも交戦する気満々だなぁ」
「ああ、ドロテアもだろ?」
「……まあな」
血の気の多い3人は今にも参戦しそうな勢いを見せている。
「エリシティア様が関わっていないなら、こちらは介入しないわよ」
「副長の言う通りです。その場合戦闘にはなりませんから」
一方、エフェルベットとセルフィアナは慎重さを崩していない。
「セルの読みじゃ、戦闘にはならないってか?」
「エリシティア様が関わっている可能性は低いと思っていますので」
「可能性では、そうかもな」
アイスタージウスに嫌悪感を抱いているティアルダが剣を取りたい気持ちは良く分かる。
が、ここは。
「エリシティア様の安全が最優先だ。それだけは忘れないように」
「あなたたち、団長の考えは分かってるでしょ」
「もちろんだ、団長、副長」
「そうですよぉ」
「……」
「けどまあ、姫様の痕跡があればいいんだろ?」
「それは……とにかく軽挙は避けなさい」
「分かってるって。ってことで、もっと近づこうぜ」
その後も距離を詰め続け。
結局、アイスタージウス軍に邪魔されることなく、あと数歩という地点まで到着してしまった。
もちろん、この距離だ。
兵士たちが我々に気づかないわけがない。
それでも、こちらに手を出す者は皆無……。
さて、どうしたものかな?
「「団長?」」
「私が行きましょうか?」
まずは、いつも通りエフェに任せるか?
「戦闘状態の兵士に尋ねてもしょうがねえって。力づくで聞いた方がいいぞ」
「ティアルダ、軽挙は禁止と言ったでしょ」
「でもよぉ」
「いいから、あなたは黙ってなさい」
「ちぇっ」
こちらから事を荒立てる必要はないが、ここで立ち止まる意味もない。
なら……ん?
あれは?
「まさか、エリシティア様の!?」
「姫様の外套??」
「あの紋章にあの色合い……」
間違いない。
エリシティア様の外套が宙に舞っている!!
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キン、キン、ギン!
シュッ、ザシュッ!
激しい剣戟音が平原に響き渡る中、先程から絶えることなく続く微妙な戦い。
「……」
どうにも納得できないというか、腑に落ちないというか。
とにかく、分からないことが多すぎる。
エリシティア様やギリオンたちの衣類や防具は存在するのに、当の本人たちは見当たらない。気配も感じられない。さらには、アイスタージウス軍の連中も行方を知らないようなのだ。
いったい何が起こっているのか?
エリシティア様やギリオンはどこに消えたのか?
そもそも、アイスタージウス軍と敵対していいものなのか?
はぁ~。
迷いながら振るう剣が鈍ってしまうのも当然だな。
そんな俺とは対照的に、相変わらずの剣の冴えを見せてくれる剣姫。
魔剣ドゥエリンガーは舞い踊り、巻き起こった剣風が草をなぎ払う。剣身が冷たい光を放ちながら敵を斬り裂いていく。
シュン、シュン!
ザン、ザシュッ!
攻防一体のその動きは俊敏苛烈で、対する敵をことごとく地に沈めている。
なのに剣の美しさは失われず、敵対する者をも惚けさせてしまうほどだ。
どんな状況であれ変わることのない剣姫の腕。
迷いなど微塵も見えない。
ほんと、俺とは大違いだよ。
「アリマ、躊躇う必要はない」
「……了解」
そう答えたものの、俺にとっては簡単なことじゃない。
ただ、この状況で剣を止めるわけにもいかない。
売られた喧嘩は買うしかないのだから。
ゆえに、明確な戦意を抱けぬまま剣を振るってしまう。
キン、ギン!
ザン、ザン!
「油断はするなよ」
「……ええ」
キン、キン!
シュッ、シュン!
ザン、ザシュッ!
「敵はたったの2人。まずは包囲するんだ!」
アイスタージウスの軍兵たちが俺たちを取り囲むように円状になっていく。
「怯むんじゃない! いかな腕利きであろうと2人で我らに勝てるわけがないのだからな」
敵指揮官の言う通り、相手は大軍。
対するこちらは2人だけ。
普通なら、戦いになる状況じゃないだろう。
それでも、敵に凄腕は見当たらない。
剣も魔法も並程度。
ならば、剣姫と俺の2人で対処できる。
問題はどこまでやるか?
どこに落としどころを見つけるか?
「よし、包囲を狭めるんだ! かかれぇ!!」
「「「「「「「「おお!!」」」」」」」」
おっと、一斉に迫って来たな。
キン、キン!
キン、キン、ギン、ギン!
右手に魔剣ドゥエリンガー、左手にエリシティア様の外套を掴んだまま猛威を振るう剣姫。敵に囲まれながらも、その剣には濁りも迷いも見えない。外套も、まるで勝利を約束するかのように宙に翻っている。
キン、キン!
ザン、ザン!
シュッ、ザシュッ!
「きりがないな」
確かに。
この包囲を打ち破っても、後ろに二陣、三陣が控えている。
「アリマ、突破して外に出るか?」
「よろしいので?」
「うむ」
剣姫も色々と思う所はあるだろうが、積極的に制圧する気まではないようだ。
「いったん陣外に出るとしよう」
「分かりました」
「魔法を頼めるか?」
「もちろんです。森側に発動しますので、そちらに走ってください」
「了解した」
「では……雷波!」
こちらを取り囲むアイスタージウス軍に向かって波状の紫電が走る。
「「「「「「「ぎゃあ!!」」」」」」」
効果は抜群。
が、完璧じゃない。
なら、もう一発。
「雷波!」
「「「「「「「ああぁぁ……」」」」」」」
よし。
包囲網が完全に崩れ、前方に道ができあがった。
「さすがだな」
「いえ……行きましょう」
「うむ」
包囲網を脱し、敵陣を駆ける。
魔法と剣で道を切り開きながら進み続ける。
すると、程なくして本陣がはるか後方に……。
「追ってこないのか?」
「様子を見ているようですね」
「ふっ、様子見とはな」
これまでの被害を考えて、追走を躊躇っているのだろう。
「ということで、どうしましょう?」
「ふむ……」
このまま平原から離れるか?
それとも……。
「どうやら、もう一戦必要みたいだぞ」
「そのようですね」
離脱に成功して、現状は追走もない。
ただ、目の前には。
「おまえら、その外套、どこで手に入れた?」
冒険者風の女性が6人。
戦意を露わにして俺たちの前に立ち塞がっている。





