第609話 急変
<冒険者パーティー憂鬱な薔薇リーダー シャリエルン視点>
「皆、落ち着いて。最悪の事態だと断定しているわけではないのだから。それに、状況的にはエリシティア様が無事である可能性の方が高いでしょうし」
急激に高まったメンバーの緊張を破るように強い口調で言い切るエフェ。
「そうだよな。既に護送済みならアイスタージウス軍が国境に残っている意味ないもんな」
「その通りよ、ドロテア」
「ああ、大丈夫だ。エリシティア様は無事に違いない」
感知で得られた情報に、この空気感。
それらからは、まず問題ないと思えるのだが……。
ただ、ラルスの勘。
ティアルダとエフェの不安。
私を除く5人中3人が、何かがおかしいと感じている。
これで安心できるわけがない。
「……」
黒都での戒厳令に加え、数日続いた嵐のせいで出発が遅れた今回の国境行。
無駄にした数日を取り戻すための強行軍で、ようやくここまでたどり着くことができた。
なのに、エリシティア様の身に何かあったのなら、急行した意味などなくなってしまう。
「ここで四の五の言っててもしょうがねえか」
「だな。とりあえず先に進もうぜ」
「団長?」
皆が私に視線を送ってくる。
「……」
結果はどうあれ、前進すべきだな。
「先を急ぐとしよう」
「なら、こっからは森か?」
「ええ、街道を外れ森を抜けることになります。その先の平原が目的地ですので」
ティアルダの言葉に答えるエフェ。
副長である彼女はパーティーの行動を全て管理している。
当然、今回の行程もだ。
「一応、魔物を警戒しながら進んでください」
「分かってるって。じゃあ、行こうぜ」
森に入って半刻。
ほぼ足を止めることなく横断が進んでいる。
というのも、魔物が姿を現さないからだ。
「……」
想定以上の順調さ。
違和感を覚えてしまうな。
「1頭も出ねえって、どういうこった?」
「さすがにおかしいよなぁ」
表情を曇らせるティアルダとドロテア。
先行する剣士2人も私と同じ感覚を抱いているようだ。
「セル、この先にも魔物は感知できねえのか?」
「はい。わたしたちの進む方向に、襲ってくるような魔物は確認できません」
「副長もか?」
「……感じられないわ」
「この先もって、ほんとかよ~」
「気持ち悪すぎだろ」
「ティアルダ、ドロテア、不思議でも気持ち悪くても、それが事実よ」
「けど、森に魔物がいねえんだぞ」
「都合がいいでしょ」
「……」
「ですので、団長、速度を上げませんか?」
エフェとセルフィアナの感知が一致しているなら問題はない、か。
「そうだな。一気に駆け抜けるとしよう」
「っ!?」
「団長!?」
速度を上げ走り始めてすぐのこと。
エフェとセルフィアナが顔色を変え、立ち止まってしまった。
「何だ、何だ?」
「セルさん、副長、どうしたんです?」
「……とんでもない気配が前方に」
「恐ろしい気配だわ」
セルフィアナとエフェが足を止めるほどの何かが、この先に存在している?
「……」
そう言われれば、何かを感じ取れるような……。
「前方って森の中か?」
「森の外、平原です」
「なら、アイスタージウス軍の中にかよ?」
「おそらくは」
「……」
王子の手下に、そのような手練れが?
それも、突然気配を発しただと?
「さっきまでは無かったんだろ?」
「はい。いきなり現れました、あっ!?」
「おい、何だ?」
「気配がさらに膨らんでます!」
「これは、団長に匹敵する……」
「ああ? そんな騎士、アイスタージウス軍にはいねえはずだぞ」
「そうですよ。団長みたいな人なんていませんよ」
「分かってる。が、この気配は間違いようがない」
「……」
「……」
「……」
完全に動きを止め、沈黙するメンバーたち。
嫌な空気だ。
が、それも長く続くことはなく。
新たな感知によって破られてしまう。
「気配が乱れ始めてます」
「セル、何が起こってんだ?」
「……戦闘です。戦闘が始まりました」
「軍の中に突然とんでもない気配が現れて、そいつが戦闘を始めたって?」
「……はい」
「アイスタージウスの手下じゃないのか?」
「……」
「はっ、わけ分かんねえぞ」
本当に理解しがたい状況だ。
「副長の見立てはどうなんです?」
「感知では詳しいことまでは分からないわ。ただ、戦闘が始まっていることだけは確か……」
「そん中にエリシティア様はいないよなぁ?」
「ええ、気配は感じられないわね」
「だったら、問題ねえ」
ティアルダの言う通り。
エリシティア様に害が及ばないのであれば、大きな問題はない。
「団長、どうしましょう?」
問題はないが。
「どういう状況であれ、我々は目的地に足を運ぶだけだ。急ぐぞ!」
さらに速度を上げ、森の中を疾走する。
行く手を遮る枝を断ち切り魔法で道を確保しながら、ひたすら走る。
すると、森の出口を照らす光が視界に入ってきた。
「エフェ、セルフィアナ、この先の気配は?」
「出口付近には人も魔物もいません」
「森の端から1000歩程度の地点にいるのが王子軍です」
1000歩か。
「そこで戦闘中なのだな?」
「はい」
なら、王子軍にも余裕があるわけじゃないだろう。
少々大胆に接近を試みてもいい。
「500歩のところまでは、このペースで進むとしよう。その後は速度を落として様子を見ながら接近だ」
「りょーかい」
「森の出口では立ち止まらず、突っ切るぞ!」
「「「「了解!」」」」
そうして森を抜け出ると、平原に広がっていたのは2人の感知通りの状況。
右前方に戦闘中の王子軍が見える。
「「「「「……」」」」」
あらかじめ分かっていなければ戸惑ったであろうが、幸いなことに我々の足に迷いはない。皆で黙したまま、距離を詰めていく。
800、700、600……500歩だ。
「どうします、団長?」
予想通り、王子軍には我々に意識を向ける余裕があるとは思えない。
仮にあったとしても、この少数など気にも留めないはず。
ならば、迷うこともなし。
「可能な限り接近する」
残り300歩。
「結構激しい戦いだな」
「軍相手にこんな戦いをするなんて、恐ろしい程の凄腕なんでしょうね」
2人の感知通りということか。
「面白いじゃねえか」
「面白いのかなぁ??」
「これが面白くないわけねえだろ」
「ティアルダさんは分かりやすいなぁ」
「なんだと!」
「ちょっと、声が大きいですよ」
「……」





