第608話 気配
「ここです」
案内役の声を受け、本陣を前に歩を止めた剣姫と俺。
「少しお待ちください」
一言告げた先兵が、返事も聞かず陣の中に入っていく。
この中に派遣軍の指揮官がいるのだろう。
となれば。
「イリサヴィア様、どのような話をされるのです?」
傍らの剣姫に小声で囁くと。
「すべては状況次第だが……ここにエリシティア様がおられるとは思えぬからな」
「ええ」
依然、ギリオン、ヴァルターの存在は感じられない。
エリシティア様がいる空気感もない。
「では?」
「ここまで来たのだ。指揮官の様子を見ながら考えるとしよう」
「様子見ですか?」
「うむ。いくらでもやり様はあるだろう」
大軍に囲まれても、剣姫はいつも通り冷静なまま。
頼もしい限りだよ。
「お待たせしました。どうぞ、お入りください」
「うむ」
戻って来た先兵に促され、本陣の中に入ると。
正面の床几には指揮官らしき男性の姿。その左右には部隊長らしき者が数人並んでいる。
「……」
彼らのこちらを見る目は、好意的なものではない。
まあ、当然か。
ん?
指揮官の前に、複数の剣や防具、それに外套が並べられている。
あれは?
っ!
見覚えがあるぞ。
ギリオン愛用の防具?
それに、ヴァルターの剣じゃないのか?
「その外套は……」
剣姫が口にしたのは、ひと際目立つ深紅の外套。
「エリシティア様の外套ではないか?」
確かに、エリシティア様が着用していたマントに似ている。
とにかく、近づいて確認を。
そう思い足を進めた俺たちの前に、護衛騎士が立ち塞がった。
「挨拶もなしに、いきなりとは。里が知れるな」
陣内に響くのは、愚弄するような指揮官の声と周りの嘲笑。
「……冒険者イリサヴィアだ」
そんな嘲笑に応える剣姫の言葉には、周囲を圧する気がこもっている
「っ!?」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
名を名乗っただけで、主導権を握ってしまった。
「あらためて指揮官殿に問おう、それは王女の所持品か?」
「……」
「エリシティア様の外套なのか?」
慣れてるはずの俺でも見惚れるほどの剣姫の雄姿。
とはいえ、呆けている場合じゃない。
この隙に鑑定を。
「王女の外套ならば、どうするというのだ?」
「ふむ……」
俺の鑑定は人物鑑定に特化している。
道具調査には向いていない。
が、ギリオンの防具なら……。
「!?」
やはり、そうだ。
ギリオンの防具だ!
なら、剣とマントも……。
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<冒険者パーティー憂鬱な薔薇リーダー シャリエルン視点>
「ようやく国境到着か」
「ああ、やっとだ」
「しっかし、はぁ~。今回はほんと大変だったぜ」
「だよなぁ」
ティアルダの嘆息に溜め息で答えるドロテア。この2人はすぐに思ったことを口に出す癖がある。パーティーの剣士がともにそういう性格なもので、剣士とは直情径行のきらいがあると他のメンバーが勘違いしてしまうほどだ。
「でも良かったじゃないですか。このまま進めば、無事間に合いそうですし」
「まあな」
セルフィアナの言葉に渋々頷くティアルダ。
「ですからね、そんな不満そうな顔しちゃだめですよ」
「……分かってる」
剛剣の使い手で女傑然としたティアルダは、容姿も性格も女性らしいセルフィアナと仲がいい。不思議なことだが、真逆の性格の者同士は引かれるということなのかもしれないな。
「でも、ほんとに間に合ったんですか?」
「ん? 斥候名人のラルス様の見立ては違うってか?」
「もう、ドロテアさん! からかわないでくださいよぉ」
「からかってなどいない。単に名人の意見を聞きたいと思っただけだかからな」
「だからぁ、それがからかってるんですって」
「いや、アタシもラルスの考えには興味があるぞ」
「ティアルダさん!」
「私も知りたいですよ」
「セルフィアナさんまで……」
見習いメンバーであるラルスの実力は皆より数段落ちる。採用経緯も少々複雑で、とても一般的と言えるものではない。それゆえ、周りからは憂鬱な薔薇に入るには足りないと思われがちである。
実際、今はその通りだろう。ただ、その才能はなかなかどうして馬鹿にしたものじゃない。数年後には立派なメンバーに成長していると予測できる程だ。それに、彼女の持つ屈託のなさ、生来の明るさはムードメーカーとしての価値もある。つまり、現時点でもラルスはパーティーの役に立っていると、皆もそう考えているはずだ。
「私なんかより、セルフィアナさんや副長に聞いた方がいいに決まってますよぉ」
セルフィアナと副長エフェルベットは魔法の使い手であり、魔力を用いて気配を探ることができる。現時点で偵察に出ていないラルスより状況を把握しているのも当然だろう。もちろん、メンバー全員が分かっていることだ。
「それはまた別の話だな。で?」
「……」
「どうなんだ?」
「ここにいるだけじゃ分かりませんけど……」
「けど?」
「いや~な雰囲気はしますね」
「おっ、雰囲気か。さすがラルス様だわ」
「だから、やめてくださいって、ドロテアさん!」
「はは、怒んな、怒んな」
「もう……」
嫌な雰囲気など通常は考慮に値しない。
が、ラルスの勘は彼女の才能の1つと言えるもの。軽視すべきじゃないな。
ならば、ここは。
「セルフィアナはどう思う?」
「そうですよ。どうなんです、セルフィアナさん?」
「……前方にアイスタージウス王子の兵の気配を感じますし、戦闘があった空気もないです。なので、間に合ったと思うんですけど」
妥当な見立てだ。
「なるほどなぁ。けどよぉ、戦闘がないからと言って間に合ったとは限らねえぞ」
「それは、そうですけど……。ティアルダさんは違う考えなんですか?」
「感知を使えないアタシに聞いてどうする?」
「でも……」
「まっ、ラルスの勘も無視できないと思ってな」
「……」
ティアルダの言う通り。
ここは慎重に進めた方がいい。
「エフェルベットはどうだ?」
「感知としてはセルフィアナの言葉と同じです。ただ、ラルスの勘もティアルダの考えも、理解できますので」
「つまり、激しい戦闘などなくエリシティア様が捕まった可能性も考えられる、と?」
私の問いにゆっくりと頷くエフェ。
彼女も楽観はしていないようだ。
「けど副長、エリシティア様の気配は感じられないんだろ?」
「ええ、感じられないわ」
「だったら?」
勢い込むドロテアをなだめるように一歩前に出るエフェルベット。
「今この場でエリシティア様の気配が感じられないのは、既に護送が済んだためとも考えられるのよ」
「護送済み……」
「「「「……」」」」
エフェの言葉を受け、皆の緊張感が急激に高まっていく。
間に合ったという思いが薄れていく。
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※、憂鬱な薔薇はレザンジュのA級冒険者パーティーであり、団長のシャリエルンは王女エリシティアと親しい関係にある。
※、見習いのラルスは、黒都でヴァルターを尾行した過去を持っている(第360話、361話)。
〇憂鬱な薔薇の主要メンバー
シャリエルン :団長
エフェルベット:副長、魔法使い
ティアルダ :剣士
ドロテア :剣士
セルフィアナ :魔法使い
ラルス :見習い
ミュレル :黒都に待機中
ディーベルク :黒都に待機中





