第606話 蒼鱗
<ギリオン視点>
オレの腕が光っている。
それも皮膚じゃなく、鱗ときたもんだ。
ってまあ。
ドラゴンの鱗が腕についてるだけだろ。
ちっ!
驚かすんじゃねえ。
「ギリオン?」
「戦闘中にあいつの鱗が付着したんだろうぜ」
「……いや、鱗以前にその上腕はおかしいぞ」
「ドラゴンの毒でも貰ったんじゃねえか」
「毒で腕が変形する? そんなことが? いや、ドラゴンならあり得るのか?」
細けえことは分かんねえけどよぉ。
「実際こうなってんだ。あり得るってこった」
「ギリオン、おまえ……」
何だ?
「毒特有の違和感でもあると?」
「違和感っつうか、腕が脈動してんなぁ」
「……」
「まっ、そのうち治んだろ」
だから、気にすんな。
「ってことで、腕に貼りついた鱗は……はあ?」
「どうした?」
「……取れねえ」
「何っ!」
「鱗が皮膚から離れねえぞ」
「付着じゃないのか?」
「分っかんねえ」
「……」
「けどよぉ、どうやっても鱗が取れねえんだ」
気持ちわりい鱗だぜ。
「どうやっても外れない?」
「つっても、特に害があるわけでもねえしな」
このまま放置しても……。
いや、駄目だな。
嫌な予感しかしねえわ。
「しゃあねえ、切り取ってやっか」
「……手伝おう」
「何言ってんだ! おめえはドラゴンを見張ってろ」
今は止まってっけど、いつ攻撃を仕掛けてくるか分かんねえんだぞ。
「ウォーライルも姫さんも、まだ動けねえんだからよ」
「……そうだな」
おう、それでいい。
なら、こっちは。
ちと痛そうだが、さっさと切り取って戦闘再開だぜ。
薄皮ごとサクッと……って、何だ?
もう1つ鱗が増えてんじゃねえか!
さっき見た時は1枚しかなかったんだぞ。
「ギリオン、切れないのか?」
そうじゃねえ。
「増えてんだよ」
「何だと?」
「だから、2枚目の鱗が貼りついてんだ」
「……どういうことだ?」
「こっちが聞きてえわ」
いったい、どうなってやがる?
「意味分かんねえ」
「……」
けどまあ、やるこたぁ同じか。
よし!
2枚とも切り取ってやらぁ。
剣を鱗の下に当てて……。
おい、切れねえぞ。
鱗どころか、薄皮もだ。
何度やっても、鱗と皮膚の境界に剣身が入らねえ。
「ちっ!」
こうなりゃ、仕方ねえ。
ザックリいってやるよ。
鱗の下の皮膚をえぐり取るように……。
ドクン!
ああ?
ドクン、ドクン!
また脈打ちかよ。
しかも、さっきより激しいじゃねえか。
ってことは……。
やっぱりだ。
鱗が2枚増えてやがる。
っとに、何なんだ?
これで、青い鱗が4枚だぞ。
左腕の裏が鱗だらけになるってか。
「はあ~~。勘弁してくれ」
まさか、左腕全部が鱗で覆われるなんてねえよなぁ?
「ギリオン、鱗については後回しにした方が良さそうだぞ」
ん?
ドラゴンが姫さんの方に顔を向けてる?
標的を変える気か?
っ!
動き出しやがった。
もう、鱗なんて構ってられねえ。
「ギリオン!」
「分かってらぁ!」
姫さんに向けて動き出したドラゴンの背を追うヴァルター。
その後ろからオレも駆ける。
ドラゴンを姫さんから引き離してなきゃ、すぐに襲われてたところだ。
つっても、そう離れてるわけじゃねえ。
「エリシティア様! 足は?」
「まだだ。動けない」
「ウォーライル殿は?」
「……申し訳ない」
ドラゴンは姫さんまであと僅か。
ヴァルターも間に合わねえ。
マズいぞ!
おっ、何だ?
ヴァルターを追い越し、ドラゴンの背が目の前に見えてきたぞ。
オレの速度が上がったのか?
って、どうでもいいな。
そんなことより、今は剣を浴びせるだけ!
「だあぁぁ!」
ドラゴンの背に飛び込みざま、横に剣を振るってやる。
致命傷は無理でも、牽制にはなってくれよ。
ドゴォン!
手応えは最高だが、さっきと同様、剣身は通らねえ。
「グウォォ」
けどよぉ。
ははっ、ドラゴンが横にすっ飛んじまった。
まっ、1歩程度だけどな。
「グルゥゥ?」
それでも、今の剣撃はこれまでにない威力だったぞ。
オレの足といい、筋力といい、こいつぁ……。
間違いねえ。
強敵相手に急成長したってこったな。
さすがオレ様だぜ。
「よくやったギリオン!」
「あったりめえだ」
一声かけてきたヴァルターがドラゴンに追いつき。
ドラゴンの後ろ首に剣を放つ。
ギン!
弾かれちまったが、牽制には十分。
それを理解しているヴァルターは、姫さんたちを守るようにドラゴンの前に回り込んでいく。もちろん、オレもだ。
「ヴァルター、ギリオン!」
姫さんもウォーライルもリリニュスも、あ~、衛生兵も無事みたいだな。
「助かったぞ」
「いえ。間に合って良かったです」
オレ様の急成長のおかげだぜ。
「悪いが、もう少し頼む」
「もちろんです」
「任せとけ、姫さん」
「ふふ、頼もしいな」
「さっきの一撃見ただろ。あれがオレ様の実力だからよぉ」
「うむ、大したものだ」
へへ。
やっと姫さんもオレの力を認めてくれたな。
なら、こっからもしっかり見ててくれ。
何とかしてやっからよ。
「ヴァルター、気合い入れんぞ」
「……ああ」
ってことで、やる気満々のオレ様に対するドラゴン野郎は。
「グルゥ」
まだ止まってやがる。
こいつ、余裕なのか、それともやる気ねえのか。
どっちなんだ。
うん?
ドラゴンが空に顔を向け、口を開いた。
「グウゥロォォ!!!」
「っ!」
「うっ!」
耳が痛くなるような咆哮だぜ。
ただ、体に問題はねえ。
姫さんが喰らったもんとは別物みてえだな。
と安心したところに。
「何!?」
ドラゴンを中心として、真っ白の光が四散。
目も開けてられないような光が平原を埋め尽くしていく。
「眼が……」
「眩しい……」
「うぅ……」
軽い目眩とともに、視界も音も消え去っちまった。





