第61話 妹 2
「香澄……」
8時まで睡眠をとり、その後顔を洗いに洗面所に行くと妹に出くわしてしまった。
「あれ、お兄ちゃん。いたんだ?」
そうだった。
大学の夏休みということで、帰省中だったんだ。
「ああ」
前の時間軸と今が混ざり合って混乱しそうになるな。
「昨夜は何時頃帰ってきたの?」
「……2時頃かな」
「嘘ばっかり、その時間はわたしまだ起きてたし」
「……3時かな」
「ホントに?」
「酒飲んでたから、よく覚えてないけどな」
「ホントかなぁ?」
「……」
「玄関から音しなかったけど」
「……」
「まあ、そういうことにしておいてあげるよ」
前回もそうだったけど、こいつ、妙に鋭いんだよな。
「でも、お酒飲むんだね」
「20歳過ぎてるからな」
よく考えてみれば、この当時の俺は飲んでいなかったな。
「へぇ~、春までは飲んでなかったのに」
疑うような目で見上げてくる。
「そ、そうか? 最近飲むようになったんだよ」
「ふ~ん」
まさか、こんなところから異世界移動はばれないよな。
身内に露見したら、あっという間に3人以上になってしまうぞ。
勘弁してくれよ。
「その、よく飲むんだ」
「じゃあ、週末なんかよく飲みに行くんだ?」
まったく行ってない。
けど、そうか。
「ああ、今週末も飲み会だしな」
ちょうど良いタイミングで飲み会があった。
武上との飲み会だ。
「へぇ、そうなんだ」
「そういうことだ」
「じゃあ、わたしも連れて行ってよ」
「香澄はまだ19だろ」
「わぁ! そうだった」
「何言ってんだ、お前」
「じゃあさ、美味しい物でも食べに連れて行って」
「まあ、それならいいぞ」
たまには妹と外食するのも悪くないか。
前回の時間の中では、全く何もしてやれなかったからな。
「ホントに? やったぁ!」
「時間が合えばだけどな」
「合う合う、ってか、合せるよ。で、いつなら都合いいの?」
こんなに喜ぶのか。
前世のことを思い出すと、申し訳ない気分になってしまうな。
「来週の火曜、水曜あたりかな」
「分かった。じゃあ、来週火曜ね」
「了解」
「よーし、何食べよっかなぁ」
「まあ、食べたい物あったら言ってくれ」
「お兄ちゃん……」
「ん?」
「変わったね」
「そんなことないぞ」
これ、前にも言われたな。
そんなに変わったか?
……。
変わってるかもな。
「絶対変わったよ。雰囲気変わった」
「気のせいだろ」
とはいえ、何とも答えようがない。
「え~、そうかなぁ~」
「そうだ」
「でもさ、半年前はわたしがこんなお願いしても、無視してたよね」
「……」
これも言われた気がする。
どんだけ無視してたんだよ、前の俺。
「だいたい朝帰りなんてしたことなかったじゃん」
「……朝帰りはしていない」
午前4時は朝じゃない。
深夜か未明だ。
俺はそう思う。
「まっ、それはいいけど」
「……」
「何かあったでしょ」
下から見上げてくる様子があざといし、鬱陶しい。
「何もない。もう、リビング行くぞ」
「ほら~、前はそんなことも言わずに黙って行ったのに」
「……そうか」
だめだ、前回の会話から学んだつもりだったのに、上手く対応できない。
完全に香澄のペースだ。
でも、何だろこれ?
悪い気はしないな。
前回の時間の流れの中では、ひたすら自分のやりたい事に打ち込んで他のことはおざなりにしていたから、妹ともあまり兄妹らしい交流はなかった。
その時はそれで良かったし、何の問題もないと思っていたけど……。
神様の言う通りかもしれないな。
「うわぁ、変な笑い顔。何それ?」
今笑っていたのか?
思わず手で顔を触ってしまう。
「香澄が変なこと言うからだろ」
「もう、怒んないでよぉ。でもさ、母さんから電話で聞いた通り、ホントに変わったよね。わたしは嬉しいよ」
「……もうそれでいい」
「やっと認めた。じゃあ、今度は何がお兄ちゃんを変えたか、また教えてね」
「……」
「変わったお兄ちゃんとディナー行くの楽しみだなぁ~」
「ランチじゃないのか」
ディナーと言った覚えはない。
「ええぇ、可愛い妹相手に、そんなケチなこと言うの~」
「……分かった。火曜夜のディナーだな」
「やったぁ~!」
そう叫ぶや飛びついてきた。
おい、待て。
こんな事するやつだったか。
「やめろ、抱き付くな」
「あっ、照れてる、照れてる」
「照れてないわ」
「いやいや、照れてまんがな」
このくだり、前もやったよな。
異なる会話の流れでも同じような行動になるのか。
「もういいから、早く顔洗えよ」
「あんたたち何やってんの、朝食食べるんなら早くしなさい」
キッチンから母さんの声が届いてきた。
「は~い」
洗面所に駆けこむ香澄。
「はぁ~」
妹との交流も悪くはないんだけど、慣れてないから疲れるな。
ある意味、異世界より疲れるわ。
************
「もう心配はないと思います」
異世界での翌日。
さっそくエンノアを再訪した俺は体調が回復して普通の生活に戻ろうとしていた皆さんを広場に集め、簡単に診察することにした。
元気そうなその様子から診察しなくても分かっていたのだが、一応診察をして状況を確認。予想通り全員がほぼ健康と言ってよい状態だった。
もちろん、アデリナさんもだ。
「皆さん、今後は食物に気をつけて生活してください。寝込んでいた方々は当分は食事に加えこの薬類を摂取。それ以外の方も心血などが不足している際は、この薬を摂取してください」
そう言って、新たにこちらに持って来たビタミン類などを手渡す。
「本当に何から何までお世話になって、ありがとうございました」
ゼミアさんが深く頭を下げてくれる。
「もういいですよ。感謝は充分いただきましたから。それに、皆さんを完全に健康に戻すのが私の仕事ですしね」
「仕事とは……。ありがたいことです」
顔を上げ、にこやかな表情。
「コーキさん、では、これで仕事も完了ですね」
「そうなりますね、フォルディさん」
「では、今宵こそ感謝の宴を開催いたしましょうぞ!」
「おおぉぉぉ」
ゼミアさんの声に、広場に集まっていた全員が歓声を上げる。
まるで地響きのように、地底中にその声が反響しているようだ。
宴の準備のため解散するエンノアの人々。
広場に残ったのは、ゼミアさん、スペリスさん、サキュルスさん、フォルディさん、それに俺の5人。
ちょうど良い機会だ。
ここで話をしておこう。
「少しお時間いただけますか?」
「もちろんです」
代表してゼミアさんが答えてくれる。
さて、どう話したらよいものか。
「先日こちらに初めて訪れた際に、病についていきなり話を始めた私のことを、皆さん訝しく思われていましたよね」
「……」
皆の病が改善した今の状況では、なかなか頷けるものでもないか。
「あの時は急を要する状況でしたので、後ほど説明するとゼミアさんには伝えたのですが……。私が病を知りえたのは」
「……」
「……」
「……」
「……」
4人全員が食い入るように、こちらを見つめている。
「予知の力を使ったからです」





