第604話 到着
<エリシティア視点>
「「「ぅぅぅ……」」」
「「「……」」」
ウォーライルもリリニュスも騎士たちも地に膝をつき、動けぬまま。
平原から駆け寄ろうとしていた者たちの足も止まって……。
「グルゥゥ」
皆が動けぬ中、バケモノが目に嗜虐的な色を浮かべ、こちらに近づいて来る。
「くっ! エリシティア様!!」
地に膝をつく私の頭上に、圧倒的な気配とバケモノの息。
生臭い息が降りかかってくる。
だというのに。
「グルゥ」
動こうにも動けぬ身体。
周りの皆も私と同じ。
どうにもならぬ。
「……」
もはや、これまでか。
我が天命は尽きるのか。
所詮、この程度のものだったのか。
消せぬ無念に強く噛み締めた唇から血が溢れ出す。
それでも固まったままの身体。
「……」
バケモノの醜悪な姿を前に、目を閉じるしかない。
諦めるしか……。
と!
ガギン!
バケモノの背中から轟音が響いた。
ガギン!
ガッギーン!
これは剣撃?
いったい誰が?
「そこまでだぁ、ドラゴン野郎!」
平原に響く野太い叫声。
「オレが相手してやるぜ!」
ああ、懐かしい声が聞こえる。
愚かなほど真っすぐで濁りのない剣が見える。
「ギリオン! ヴァルター!」
2人とも来てくれたんだな。
「姫様、無事か?」
「……うむ」
「そいつぁ重畳」
音が出そうな程の大きな笑みを浮かべるギリオン。
バケモノと対峙した状況下で破顔大笑とは、恐れ入るな。
一方、ヴァルターは緊張を隠せていない。
当然の反応だ。
そのヴァルターがバケモノ越しに不安気な視線を送ってくる。
「エリシティア様、ウォーライル殿、リリニュス殿は?」
「2人とも大きな傷は負っていない」
まだ動けぬがな。
「……間に合ったようですね」
「ああ、助かった」
おかげで、九死に一生を得ることができたぞ。
とはいえ。
まだ安心できる状況でもない。
このバケモノ相手にギリオンとヴァルターがどこまで戦えるのか?
ともに素晴らしい腕の持ち主だが、敵は超常のバケモノだ。
容易に対せるとは思えない。
しかも彼らは私の部下ではなく、食客みたいなもの。
そんな2人に全てを任せ、犠牲を強いる……。
駄目だ。
認められない。
ただ、皆の身体が動かぬ現状では。
「……」
彼らに頼る以外の術など、今は何ひとつ思いつけない。
「ウィル様もご無事ですか?」
「ん? ああ、ウィルはここにはいないが、問題などないはず」
「どういうことでしょう?」
ヴァルターが主筋にあたるというウィルの安否を気遣うのは当然のこと。
とはいえ、彼女に関しては心配無用だ。
「体調を崩したのでな、道中の村で休んでおる」
ウィルには、ヴァルターの妻カロリナが付き添って看病中。
今も2人で村の病室に留まっているだろう。
「……そうでしたか」
彼女が寝込んだ際は心配したものだが、結果としては幸いだったな。
「おう、ヴァルター、いつまで喋ってんだ?」
「……」
「さっさと戦うぞ!」
「……ああ」
ギリオンは両手で剣を構え、いつでも戦える状態。
ヴァルターもこちらへ視線を送るのをやめ、ギリオンの傍らへ歩み寄っていく。
「グルゥ……」
対するバケモノは足を止めたまま、首だけを後ろに向けた体勢。
「ドラゴンも何してやがる? オレ様が相手してやるつってんだ、かかってきやがれ!」
「……」
バケモノはまだ動かない。
「さっきから唸ってるだけって、おめえ、やる気あんのか?」
ただギリオンを凝視するばかり。
「ふざけんじゃねえぞ!」
私たちに対した時と同様、どういうわけか足を止めたまま全く動こうとしない。
何かを考えているように見えるが……意味の分からない行動だ。
「それとも、おめえ」
「……」
「オレ様が怖えのか?」
さすがに、それはない。
成龍すら凌駕する力の持ち主なのだぞ。
ただ、何らかの理由があるなら……。
「油断するなよ、ギリオン」
「はっ、分かってらぁ」
「グルゥ……」
「けどよ、こりゃ、どういうこった?」
「……この個体特有の性質かもしれないな」
性質?
本当に?
「何にしても、悪いことではないだろ」
「まあなぁ」
確かに、戦闘中に動きを止める行動はこちらにとって利しかない。
「だったら、よーし、次撃いっとくか?」
「ヴァルタ殿、ギリオン殿、敵の蒼鱗はとんでもなく硬いです。通常の剣撃では刃が通りません。ですので、弱点に剣を集めて下さい」
「ドラゴンの弱点を知っているのですか?」
「……」
「ウォーライル、知ってることあんなら喋っとけよ」
「……定かではないですが、眼が弱い可能性があります。それに首も」
「眼と首か」
さっきの魔法攻撃でも眼を撃たれた後は完全に沈黙していた。
つまり、弱点とも考えられる。
我らの攻撃では致命傷を与えることはできなかったが、この2人なら……。
ただ、首はどうなんだ?
「まずは眼を狙うぞ、ギリオン」」
「おうよ」
2人が攻撃体勢に入った。
「ちょっと待て!」
「ん?」
「ドラゴンが動き出す」
ヴァルターの言葉通り。
首だけじゃなく体全体でギリオンたちの方へ向き直り、足を踏み出そうとしている。
「ちったぁ戦う気になったみてえだな」
「グルルゥ!」
ゆっくりとギリオンの前に歩いていく。
つまり、我らの元から離れていくと。
「エリシティア様、バケモノが離れました。好機です」
ウォーライルの口調には、さっきまでなかった活力が戻っている。
「動けますか?」
「まだだ、が、もう少し待てば」
動けるはず。
咆哮による四肢の痺れも幾分か和らいできた。
こうなるともう、時間の問題だろう。
「では、動けるようになり次第、森に入りましょう」
「ギリオンたちの支援はどうするつもりだ?」
「他の者が行います」
全てを2人に任せるわけではない。
それならば。
「エリシティア様!」
「うむ、私の安全が第一か?」
「無論です」
仕方ない。
これも命の使い所。
そういうことだろう。
が、いずれにしても私たちが動けるようになるまでは、ギリオンとヴァルターに耐えてもらうしかない。
その戦いが始まった。





