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第600話  記憶


<エリシティア視点>





「飛んだのか?」


「空を?」


 我らの後方、数百歩離れた平原に見えるのは騎士の姿のみ。

 つまり。

 バケモノが背中に誇る2つの翼を使って飛来したんだ。


「グルゥ……」


 両翼を天に向かって一振りした後、折りたたむようにして背にしまう蒼鱗の魔物。

 悠然とした素振りのまま、色の見えない瞳でこちらを見下ろしている。

 怖気と焦りで汗が止まらない私とは全く違う。

 いや、比べることすら愚かしい、か。


「エリシティア様、私の後ろへ! サイラスとリリニュスは前に出るんだ!」


「はい!」

「は、はい!」


「おまえたちもエリシティア様をお護りしろ!」


 衛生兵のサイラス、宮廷魔術士のリリニュス、それに負傷者たちまでもが私を護る態勢に入ろうとしている。


「グルルゥゥ……」


 それでもバケモノの動きに変化はない。

 自ら攻撃に移ることもなく。

 時折首を傾げながら、こちらをただ見つめるのみ。


 こいつ……。

 さっきもそうだったが、何かおかしいような?


「よし、これでいい」


 奇妙な思いにとらわれた私の前に構築された新たな陣形。


「助勢が来るまで必ず護りきるぞ!」


「「「「「「「おう!」」」」」」」


「……」


 前方には、ウォーライルたちの防御陣。

 後方では、平原に置き去りにされた騎士たちが疾走している。

 バケモノが動きを止めているなら間に合う。

 が、このままでいてくれるのか?


「エリシティア様は少し後退して……?」


 ウォーライルの言葉を途切れる。


「っ!」


「「「「「「うっ!!」」」」」」


 それは、バケモノがまとう空気が変化したから。


「グルルル」


 平原に姿を現して以降どこかぼんやりとしていた雰囲気は消え去り。

 目の色が変わり、その恐躯からも凄まじい気を発している。


「グルゥオオォォ!!」


 バケモノが草原を蹴った!?





*************************





「グルゥ?」


 目の前に立っているのは下等生物の群れ。

 足下には青く茂る草々。


「……」


 エビルズピークじゃない。

 見知らぬ地だ。


「グルゥゥ……」


 下等生物も知らぬ者ばかりに見える。

 が、群れの中にあの2人がいるのでは!?


 一度覚えてしまった恐怖が、また湧き上がってくる。


「……」


 いない。

 己に致命傷を与えたやつらの姿が見えない。


 ここにいるのは、取るに足らない下等生物のみ。

 脅威など存在しない。


 いや、2人が近くにいる可能性も?


「グルゥゥ……」


 だとしたら、簡単には動けないか。

 慎重に動かねば、また同じ目に遭ってしまう。


 ここは細心の注意を払うべき。

 まずは、あの2人の不在を確認すべき。


 警戒しながら、ゆっくりと歩を進めていると。


「「「ファイヤーボール!」」」


「「「ストーンボール!」」」


 下等生物が魔法を放ってきた。


「グルゥ」


 もちろん、そんなもので傷ついたりはしない。

 痛みも全くない。


「「「ファイヤーボール!」」」


「「「ストーンボール!」」」


 それでも、不快ではある。


 ガン、ガン……。

 ダン、ガリ……。

 ガリ、ガリッ……。


 さらに、武器を振るってくる下等生物たち。


 痛くも痒くもないものの……。

 覚醒後間もない身に、羽虫のごとくまとわりつかれるのは鬱陶しい。

 煩わしいこと、この上ない。

 それゆえ、体に少しばかり力を入れてやる。


 バキッ!

 バリン!

 バリーーン!


 煩わしい武器を破壊してやる。

 そして。


「グルゥオオォォォ!!」


 咆哮も。


「「「「「うぐっ……」」」」」


「「「「「ううぅ……」」」」」


 これで少しは静かになるはず。


「グルゥ」


 さて、あの2人を探さねば。

 いまだ霞がかかった頭を動かし、状況を確認していく。


「……」


 いない。

 下等税物の群れの中にも、周りの平原にも、2人の姿は見えない。


 ならば、安心して……ん?


「……………清浄なる業火が全てを焼き尽くさん! ファイヤーストーム!!」


 羽虫の1人から若干大きな魔力が立ち上った。

 と同時にこの身を覆う巨大な炎。


「グルゥ……」


 痛い?

 痛みを覚えている?

 羽虫に痛みを与えられた?


「……」


「……」



「「「ファイヤーボール!」」」

「「「ストーンボール!」」」


 そこに不快な魔法と武器が降ってくる。


 ガン、ガン!

 ガン、ガリ、ガリッ!


 鬱陶しい。

 本当に鬱陶しい。


 ガン、ガリッ!

 バキッ、バリン!


 まだ腹は減っていない。

 が……。


 いいだろう。

 こいつらを喰らってやる!


 どうせ喰らうならば、少しでも美味なるものを。

 どの個体がいい?


「……」


 あれか?


「「「ファイヤーボール!」」」

「「「ストーンボール!」」」


 魔法を放つ下等生物の群れから離れ、森に入ろうとしているあいつらだ。


「グルルゥゥ……」


 獲物が定まると、食欲も湧くというもの。


 よし。

 喰らうぞ。


「グオォォ!」


 空を一翔け、獲物の前へ。


「なっ!?」

「そんな!」

「バケモノ!」


 いい表情をしている。

 思いのほか美味しそうじゃないか。


 では、食事に……。


「グルゥ??」


 何だ?

 頭の中に異物が流れ込んでくる?


「グルルゥゥ……」


 何かの記憶?

 その奔流に体が止まってしまう。


 通常の食後に手に入る獲物の断片記憶じゃない。

 もっと大量の記憶。

 下等生物の、いや違うな。

 歪ながらも格を上げたモノの記憶だろう。


「……」


 これは、下等生物の住居?

 その中で戦っている?

 目の前には……。





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