第598話 圧倒
<エリシティア視点>
ひび割れ、折れてしまった騎士たちの剣。
バキッ。
蒼鱗の魔物が、地面に落ちたその剣身を踏み砕いていく。
バキッ。
バキッ。
自らはまだ攻撃すらしていないというのに。
いまにも前衛を崩そうとしている。
なんて魔物だ!
「グルゥオオォォォ!!」
っ!
ここで強烈な叫声を!
「「「「「うぐっ……」」」」」
前衛から距離を取り、後衛の数歩後ろにいた私でさえ耳が痛くなるような咆哮。
そんなものを至近距離で受け、前衛が無事なわけがない。
「「「「「ううぅ……」」」」」
騎士の一部が耳を押さえ蹲っている。
「ここは危険です!」
「……」
「エリシティア様!」
咆哮の後も歩みを止めない蒼鱗の魔物。
この状態の前衛では防ぐことなど不可能、か?
「いったん退きましょう!」
ウォーライルが撤退をすすめてくる。
騎士たちを放置して退くようにと。
「時間がありません。今すぐ後退を!」
その判断は十分理解できる。
だがな。
「少し待つんだ」
リリニュスを忘れてないか。
高位魔法の詠唱を今にも終えようとしているんだぞ。
「エリシティア様!」
焦りを募らせるウォーライルの声に重なるように。
ドン、ドスン!
地面を蹴る大音が響いてくる。
前衛を突破した蒼鱗の魔物がこっちに向かって来る足音だ。
「っ!」
リリニュスの詠唱は?
もうすぐにでも完了するだろう。
ただ、この距離では騎士たちが危ない。
「皆、左右に散れ! リリニュスの魔法を避けるんだ!」
私の声を受け左右に離脱する後衛隊。
壁が割れたような視界の先、平原の上には蒼鱗の魔物の姿。
そこに。
「……………清浄なる業火が全てを焼き尽くさん! ファイヤーストーム!!」
リリニュスの高位魔法が発動した。
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「ふむ……」
街道を北に外れ、剣姫とともに足を踏み入れた件の森。
街人の話にあった魔物が棲息する地であり、俺たちの経路上にもなる森なのだが……。
「厄介だな」
「ええ……」
想像以上の木々の密集に、走る速度が上がらない。
先を急ぐ道行き、その上、依頼を受けた魔物討伐までこなさなければならないというのに。
やはり、ここは。
「魔物の対応は私がしますので、イリサヴィア様は先を急いでください」
「ふふ、既に魔物どもを屠っているぞ」
「それは……」
剣姫の言う通り、2人で森に入ってから既に数頭の魔物を討ち果たしている。
「一撃で片付く相手ばかりだったがな」
「……」
街人の話によると、対象になる魔物は複数種いるようだが脅威になる個体は皆無だった。
つまり、討伐にてこずることもないはず。
「どの道、この森を抜けねばならぬのだ。ならば、共に倒した方が良いのではないか?」
実際、森に入って感じる気配も軽微なものばかり。
感知の網を広げても、特に変化はない。
「数だけの魔物など、何ほども無いのだからな」
「ですが……」
多少なりとも時間がかかるのは確か。
「これに関しては、殿下の命を受けた私が判断するだけのこと。アリマが気にすることはない」
「……」
「まっ、場合によっては先に行かせてもらうが」
「ええ、ぜひ」
なら、問題はないか。
などと会話しながら木々の合間を走り抜けていると。
前方に感知済みの群れが、こちらに向かって来る?
「イリサヴィア様、来ます」
「うむ。グレーウルフだな?」
「おそらくは」
「「「「「ウウゥゥ!!」」」」」
木々の先から現れたのは。
気配感知通り。
5頭のグレーウルフだ。
「片付けるぞ」
「了解」
俺の返事も聞かず前に出る剣姫。
シュッ!!
薄っすらと朱の光を帯びた剣姫の愛剣が空を走る。
ザン、ザン、ザシュツ!!
「ギャン!」
「「ギャワン!」」
たった一振りで3頭を仕留めてしまった。
ザン!
「キャン!」
さらに、横薙ぎで1頭を始末。
何度見ても恐ろしい腕前だ。
いや、それどころか、魔剣ドゥエリンガーの冴えが幾分増しているようにも感じるな。
「ウウゥゥ」
っと。
1頭だけ難を逃れたか。
「そっちは任せた」
「はい」
俺が相手するのは、この1頭のみ。
もちろん。
ザシュッ!
何の問題もない。
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<エリシティア視点>
レザンジュとキュベリッツの国境近くに広がる緑深き平原。
地平に吹く風が緑草をゆるやかになぞっていく。
見上げれば、透けるような青と真綿のような白。
その青白の中に浮かぶ深紅の陽が、静かに地に下りようとしている。
鮮やかでありながら穏やかな眺め。
白都とも黒都とも違う僻遠の光景、のはずが。
「グルゥオオォォォ!!」
蒼鱗のバケモノが全てを台無しにして……。
「エリシティア様!」
「……」
「エリシティア様!!」
っ!
「……」
あまりに信じがたい現実を前にして、意識が飛びかけていたか?
情けない。
「どうか撤退を!」
「撤退……」
目の前には、我が騎士たちの惨状。
蹲るもの、地に伏す者で溢れている。
もちろん立っている者もいるが、無傷の者はいないだろう。
いや、私の傍らにいるウォーライルとリリニュスには怪我はないか。
が、それ以外の者はみな満身創痍。
「……」
いかなる剣撃、魔法をもってしても突き破ることができなかったバケモノの蒼鱗。
リリニュスの高位魔法ですら、鱗表面にかすり傷を与えた程度だった。
ドラゴンに似た姿を持つ二翼四足の魔物……。
私の対魔物戦の経験をはるかに越えている。
想像の埒外だ。
たとえ相手が竜種であっても、この数の精鋭騎士で囲めば倒すことも可能なのに。
「グルゥゥ……」
そんなバケモノが平原に悠然と直立し、中空を見つめている。
戦闘可能な騎士たちに取り囲まれていても、全く意に介していない。
路傍の石や塵芥を相手にするように、歯牙にもかけていない。
「今は動きを止めています。この隙に離脱を!」





