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第597話  蒼鱗の魔物


<レザンジュ王女エリシティア視点>




「オオォォォ!!」


 国境間近の平原が揺れる。

 すぐ南に見える森が震えている。

 そう感じる程の衝撃。


「「「「「「「……」」」」」」」

「「「「「「「……」」」」」」」


「ォォォ……」


 兇悪な咆哮が消えた後。

 渦が弾けとんだ跡地には、とんでもない気配を放つ蒼鱗の魔物。

 四足二翼の蒼竜のようなバケモノが悠然とこちらを()めつけていた。


「グルルゥゥゥ……」


 魔物はまだ動かない。

 視線を外すことなく、我らを眺めるだけ。

 単なる視線だけ。

 だというのに……。


「……」


 皮膚が粟立つような怖気を感じてしまう。


「「「「「「「くっ!」」」」」」」


「「「「「「「っ!!」」」」」」」


 騎士たちも恐怖を感じているのだろう。

 大群のウルフを相手にしても揺るがなかった戦意が嘘のように消えている。


「グルゥゥ……」


「「「「「「「……」」」」」」」

「「「「「「「……」」」」」」」


 私もウォーライルもリリニュスも近衛の騎士たちも、地に接着されたように留まったまま。

 脅威を感じているのに、足を動かすこともできない。


 が、動かないのは蒼麟の魔物も同様。

 渦が消えた場から一歩も動かずにいる。



「……ウォーライル、分かるか?」


「恥ずかしながら、初見にございます」


「そう、か」


 数多の経験を持つウォーライルでさえ知らぬ魔物。


「噂に聞く蒼竜に似ておりますが……」


「そう見えるな。ただ、この気配は……」


 竜種の気配とは思えぬものがある。


「リリニュスはどうだ?」


「申し訳ございません。私もウォーライル殿と同じです」


「うむ……他の者は?」


「「「「「「「……」」」」」」」

「「「「「「「……」」」」」」」


 騎士たちも初見のようだ。


 誰も存在を知らぬ蒼鱗の魔物か。

 ふふ……。

 ここにきて、またこのような試練が待っているとはな……。



「グルゥ……」


 ん?


 魔物が頭を傾げている?

 眼に疑問の色を浮かべて?


 圧倒的な存在感とは真逆の、こんな奇妙な仕草を?


「……」


 どういうわけか、そこに人間味のようなものを感じてしまう。


「エリシティア様?」


 蒼鱗の魔物による呪縛が解けたウォーライルが足を動かし、私の傍に歩み寄り。

 目で問いかけてきた。


「……うむ」


 いつまでも呆けている場合ではないな。

 ただ。


「退くか?」


 ゆっくりと、戦意を消したまま後退するか。


「待つか?」


 魔物のこちらに対する興味が消え去るのを待つか?


「あるいは……戦うか?」


 選択肢はたった3つ。

 その上、この中に正解があるとも限らない。


「我らはエリシティア様に従うのみです。どうぞ、お心のままに」


 ウォーライルの言に騎士たちも頷いている。

 私の答えを待っている。


 が……。


 容易に決断できることではないぞ。

 皆の命がかかっているのだからな。


「グルルゥゥ……」


 とはいえ、迷っている余裕もない。

 様子見するのなら、このままでもいいだろうが……。


「……」


 現状、蒼鱗の魔物から明確な害意は感じられない。

 相変わらず、奇妙な感情がこもった眼でこちらを眺めるだけ。


 ならば、無理に戦わずとも?

 撤退しても?

 いや……。


 数瞬の間に、そんな逡巡を繰り返していると。


「グオオォォォ!」


 咆えた?

 唸るのをやめ、空に向かって強烈な咆哮を上げた!


「オオォォォ!!」


「っ!?」


 恐ろしい程の害意。

 殺気が皮膚に突き刺さって来る!


「来ます!」


「……」


 こうなるともう、一戦交えるしかない。


「戦うぞ!」


「「「「「「「はっ!!」」」」」」」


「どうか、後ろにお下がりください」


 私も戦えるが……。

 ここは下がった方が良いか?


「……うむ」




 後ろに回った私の傍らにはウォーライルと宮廷魔術師リリニュス。

 騎士たちは陣形を敷こうとしている。


「エリシティア様をお護りするぞ!」


「「「「「「「おう!!」」」」」」」

「「「「「「「おお!!」」」」」」」


 寸前までは呆然と立ち尽くしていたのに、さすが我が近衛騎士団だ。


「前衛はそのまま、中衛は左右に開け。後衛は魔法の準備を」


 鳥翼の陣が完成。

 と同時に。


「撃てぇぇ!!」


「「「ファイヤーボール!」」」


「「「ストーンボール!」」」


 魔法の斉射。


 悠然とこちらに歩み寄る蒼鱗の魔物に。


 バーン!!


 ダーン!!


 ドガン!!


 よし!!

 真正面から炸裂だ。


 が……。


「ォォォォォ」


 魔物は倒れない。


「「「なっ!?」」」


「「「えっ?」」」


「嘘だろ?」


 それどころか、体表の鱗に傷ひとつ見えない。


「もう一撃だ。撃てぇぇ!!」


「「「ファイヤーボール!」」」


「「「ストーンボール!」」」


 後衛魔法隊による見事な連射。

 なのに。


「ォォォ……」


 涼しい顔で歩き続ける蒼鱗の魔物。

 全く効いていないのか?


「そんな、ばかな……」


 魔法を防がれた後衛は顔色を失くしている。

 ただ、鳥翼の陣を敷いた騎士たちは怯んでいない。


「ならば剣だ! まずは左右から、進めぇ!」


 ウォーライルの指示に素早く反応する左右の近衛騎士たち。

 鳥翼で包み込むように蒼鱗の魔物を囲んでいく。


「正面からも突撃!」


 魔物を囲い込んだ状態で一斉に放たれる剣撃。


 ガン!

 ガン!

 ダン!

 ガリ!


 騎士たちの剣身が蒼鱗を打ち、様々な剣撃音が平原に響き渡る。


 ガン!

 ガン!

 ガリ!

 ガリッ!


 それでも、魔物の歩みは止まらない。


 バキッ!

 バリン!

 バリーーン!


「剣が?」


「俺の剣が!」


 すると。

 いくつもの剣がひび割れ。

 そのまま……。


 折れてしまった。




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― 新着の感想 ―
[良い点]  か、固ッ!  これはヤバい敵が現れましたね……剣姫の嫌な予感とはこいつのことか!?
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