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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第2章  エンノア編
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第60話  エンノア 13



「コーキさん、お目覚めになられましたか?」


 そこにやって来たのはサキュルスさんとフォルディさん。


「ええ、おはようございます」


「おはようございます」


「おはようございます」


「それで、アデリナさんの様子はいかがでしょう?」


 不安と希望が混ざり合った複雑な心情のこもった言葉。


「素晴らしいですよ、コーキさん」


「……」


 嬉しそうに話す顔を見ていると、悪い結果ではないんだよな。

 よかったぁ。


 でも、具体的にどうなんだ。


「もう、あれは、完全に治っていますよ」


「アデリナさんが?」


「はい」


「さすがにそれは」


 ないと思うが。

 完治は言い過ぎだ。

 サキュルスさんの顔を窺い見る。


「フォルディ様の言われる通りです。本当です」


「……」


「熱も下がりましたし、顔色もいい。倦怠感などもなく活力に溢れていると本人も申していますから」


 にわかには信じがたいことだけど、フォルディさんとサキュルスさんが嘘をつくはずもない。


「そう、なんですね。よかった」


 あの治癒魔法が効果を発揮したのか。


「他の皆もほぼ健康な状態に戻ったと思えるような状態です。これも全てコーキさんのおかげ。本当に、本当に、なんとお礼を言ったらいいのか」


「コーキ殿、厚く御礼申し上げます」


 嬉しそうな表情で困った顔をするという器用な真似をしているフォルディさんの横では、サキュルスさんが頭を下げている。


 そのままふたりは揃って俺の前に立ち、左手の掌と右手の握り拳を胸の前で合わせ、俺に向かって腰を折る。これは、そう、エンノアの感謝の礼法というやつだ。


 次は神に向かって感謝を表すだのだが、この場にはトトメリウス神の石像がないため、石像のある方角に向かって腰を折っている。


 ふたりのその様子に、心から感謝してくれているのだということが実感できる。

 治療成功が現実のことだと実感できる。

 良かった。


 本当に……。


 でも、まずは。


「サキュルスさん、頭を上げてください」


「コーキさん、ありがとうございました」


 フォルディさんまで頭を下げだした。


「……」


 その気持ちは、もちろん分かるけど。


「おふたりとも、もう結構ですよ。頭を上げてください」


「コーキ殿……」


「サキュルスさん、感謝の気持ちは充分受け取りました。フォルディさんも、昨日話しましたよね。だから、もう、いいですから」


「そうは言っても。それに、エンノア一同からの感謝は、ああ、お祖父様がしてくれるか」


「ゼミア様です」


「そうだった、ゼミア様がしてくれると思いますので」


「……とりあえず、皆さんの様子を見に行きましょう」



 隣の療養室に入ると、そこには患者の皆さんと話をしているゼミアさんとスペリスさん。


「コーキ殿!!」


 足音も大きく、こちらにやって来て。

 それはもう盛大に感謝を表してもらった。


 もちろん、患者の皆さんも感謝の言葉をかけてくれ、その場に居合わせた家族の方々も同様に感謝をしてくれた。


 本当に良かった。


 とはいえ、確認がまだだ。


 口々に感謝を伝えてくるエンノアの皆さんに何とか落ち着いてもらい、とりあえず患者さんたちの容体を確認したところ……。


 皆さんがとても健康な状態に見える。

 もちろん、アデリナさんも。


 専門家じゃないから断定はできない。

 が、これは、ほぼ完治に近い状態なのではないだろうか。


 ……。


 本当に驚きだ。


 こんな嬉しい驚きなら大歓迎だけど。


 とりあえず、元気に動き始めている患者さんたちに、今後もしばらくはビタミンなど栄養を摂って無理をしないようにと念を押し、俺も定期的に様子を見に来ると伝えた後。


「いちど街に戻ります」


 と話したところ。


「お待ちください」

「今夜は御礼の宴です」

「一緒に飲んでください」

「今夜一晩だけでも」

「帰らないでください」


 それは、まあ、そうなるよな。

 予想はしていた。


「しばらく留守にしていましたから帰る必要があるので」


 と言っても、なかなか納得してくれない。

 なので、次回来た際には必ず宴に参加するということで手を打ってもらうことにした。


 俺としても、この場に残りたい気持ちはある。

 もうしばらく患者の様子を見たいし、それに、当然のことだが記憶の操作について問いただしたい思いもある。


 そもそも、前回同様に今回の時間の流れの中でも記憶操作をされている可能性だってあるのだから。


 ……。



 こうしてひとまず治療を終え、記憶操作に考えを巡らすと、何とも言えない思いが込み上げてくるな。


 今回は前回の薬酒の時のような明らかに怪しい状況はなかったと思うが……。

 その記憶自体消されているということもあり得るか。


 そう考えると何もかもが怪しく思えてくる。

 今のこの状況もどこまでが正常なのか分からなくなるというもの。


 ……。


 今は考えても無駄だな。

 いたずらに混乱するだけだ。

 ここは記憶操作されていないと考えて行動しよう。


 俺に対する害意などエンノアの人々は持っていないはずだから。

 あの笑顔に嘘はない。


 それを信じて……。



 それでだ、今回こちらにやって来て既に38時間が経過している。日本では19時間経過したことになる。いちど日本に戻る方がいいだろう。


 その前に、オルドウに立ち寄って依頼されていた薬草も提出しないといけないか。


 ということで、近い内に再訪することを約束して帰途につくことになった。





*************





 エンノアを出た後、オルドウの冒険者ギルドで依頼達成の手続きを行い常宿に戻り、ようやく。


「異世界間移動」


 日本に戻って来た。

 今は午前4時。


「ふぅ~~~」


 今回はかなり疲れたな。

 それ以上の充実感はあるけど。


 とりあえず、シャワーを浴びて、それから仮眠をとることにしよう。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 疑心暗鬼になるコウキの疑問ももっともで、うまく行けば行くほどそうなりますよね。それでもとりあえずは持っている、認識できている情報をもとに行動するしかない。現実にも通ずるところがあって、なん…
[良い点] 前話の終わり方が非常に不穏な感じだったのに加え、暗い雰囲気で始まったので不安でしたが… まさかのアデリナさん全快で嬉しい驚きの展開ですね。 基本的に善良なエンノアの民ですし、前回、記憶を操…
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