第595話 同行
<レザンジュ王女エリシティア視点>
「ファイヤーボール!」
「ストーンボール!」
「「ギャワン!」」
亜種ウルフの大群に対して我が騎士たちは焦ることなく冷静に対処し、実力通りの戦いぶり。
剣、魔法の冴えにも問題は見えない。
ふむ。
ならば、私が出る幕ではないか。
「エリシティア様、そろそろリリニュスの高位魔法が発動しそうです」
「……そのようだな」
レザンジュの若き宮廷魔術師リリニュス。
黒晶宮の命を無視して、今も私に付き従っている。
彼女の魔法の腕に疑いの余地などないだろう。
師匠のエヴドキヤーナと比べれば劣りはするものの、コーキとの魔術師試しでも良い戦いを見せてくれた、レザンジュ宮廷内でも屈指の魔術師なのだからな。
ただし、高位魔法は発動までに時間がかかるのが厄介だ。
戦闘開始後、今回でようやく2度目というのは、さすがに問題がある。
ん?
そろそろ詠唱が終わるか?
「……………清浄なる業火が全てを焼き尽くさん! ファイヤーストーム!!」
詠唱通りの業火、炎の嵐がリリニュスから放たれた。
轟音とともに大炎がウルフどもを飲み込んでいく。
「「「キャン、キャン」」」
何度見ても、その威力は凄まじい。
「「「ギャン、ギャン」」」
飲み込まれたウルフたちはなす術もなく地に伏すのみ。
「「「ギャワン……」」」
「「「……」」」
「「「……」」」
嵐が過ぎ去った後には、多数の亡骸。
時間をかけててでも、放つ価値があるということだな。
「残るは3頭にございます」
「……うむ」
これで決着がついたも同然。
ウルフ3頭は、すぐに騎士の刃に消えるだろう。
と、心が若干緩んだ、まさにその時。
「ウォーライル、あれは?」
何なのだ!?
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足裏で崩れかけた石畳を蹴り、古びた街の中を駆ける。
大通りの両側には歴史を感じさせる建物が立ち並び、その石壁には青々とした苔。
「……」
「……」
キュベリッツ建国当時に大都市として栄えた輝きは遥か彼方に過ぎ去り、今はもう時の流れに埋もれてしまったようだ。
そんな街で休憩を取らず走り抜けることを選択した剣姫。
俺の隣で平然と駆け続けている。
「よいのですか? この街を過ぎると今夜は野宿になりますが?」
「今さら野宿を避けることもあるまい」
「それはまあ……」
剣姫とは、エビルズピークの異界で長期間野宿した仲だからな。
とはいえ、宿で休める時は休んだ方がいいだろ。
「そこまで急ぐ必要が?」
ないよな。
「……嫌な予感がするのだ」
直感か。
「……」
時間的には、まだ問題はないだろう。
余裕があるのだから、夜は宿で休みたいところだ。
ただ、剣姫の直感ともなると……。
非論理的で非科学的と軽視できるものじゃない、か。
達人の直感には、それなりの意味があると考えるべき。
だったら。
「急ぐしかないですね」
「……悪いな」
「いえ」
理由が分かれば、納得もできる。
ただ、通り沿いで俺たちを眺めている人々の顔には……。
驚きと恐怖の入り混じった色が。
「……」
冒険者2人が街に入って旅装も解かず、とんでもない速度で通りを疾走しているのだから当然かもしれないな。
「アリマの方こそ、よかったのか?」
うん?
「何がです?」
「石牢から出たばかりで体調も良くないだろうに、このような旅に同行して?」
ああ、なるほど。
「それこそ、今さらですよ。白都を出る際に十分話したじゃないですか」
「……」
「今回の件は私も気になりますからね。そう、嫌な予感がするんですよ」
ギリオンにヴァルター、ウィルさんにエリシティア様。
彼らに危険が迫っている。
そう感じずにはいられないからな。
「アリマも予感か。ふふ……ならば、仕方ない」
そういうこと。
だから、気にしないでくれ。
「出口が見えてきたぞ」
「ええ」
この街ともお別れだ。
「行きましょ……」
と剣姫に掛けた声が消えてしまった。
「待ってください!」
街の出口まで50歩の道上に、1人の少女が飛び出してきたからだ。
「……」
「……」
その必死の声と表情に、剣姫と俺の足が自然と止まる。
「話を聞いてください」
俺たちに話しかけてきたのは15歳くらいの少女。
こちらの進行上に身体を投げ出すようにして立っている。
「イリサヴィア様?」
「……話を聞こうか」
「あっ、ありがとうございます!」
「うむ。ただし、時間がない。急いでもらえるかな?」





