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第594話  沈黙の王命



<レザンジュ新王アイスタージウス視点>




 黒都カーンゴルムの北に悠然とそびえ立つ漆黒の王城、黒晶宮。

 その深黒の大門や城壁などといった外面とは異なり、城内は黒一色に統一されているわけではない。


 この部屋もそう。


 灰白色に染まる石造りの室内に黒い影はなく。

 普段は明るささえ感じさせてくれる。


 だというのに。

 我が執務室を、ここまで暗く感じるとは。


「……」


「「「「「……」」」」」


 東にある大窓から見える中庭には噴水が静やかに流れ、柔らかな水しぶきが宙に舞い踊っている。東屋の堅牢な柱は天を支え、その黒き床面に刻まれた王家の紋章は誇らしげに輝きを放っている。


 穏やかな庭園風景。

 いつもと何ら変わらぬ。


 だというのに。


「……」


 分かっている。

 すべては、私に問題があるということを。

 憤懣が空気を重く暗くさせているということを。


 それでも、理解していてもなお、苛立ちを覚えてしまう。


「……」


 執務室の椅子に腰かける私を、恐る恐るといった様子で覗き見る臣下たち。

 こちらは怒りを隠し、何とか威厳を保ちながら冷めた目で臣下たちを見つめたまま……。



「陛下……」


 室内にいるのは側近ばかり。

 中でも私が最も信頼している新宰相が囁くような声を漏らした。


「いかがいたしましょう?」


「ふむ」


 今さらだな。


「ここにいたっては、我が口を開くまでもなかろう」


「はっ」


 その一言に頷く宰相。

 他の者も同様。

 理解はしていると。


「それでは、今すぐに?」


「無論だ」


「生死に関しましては?」


「問わぬ。ただ我が意志のみを遵守せよ」


「「「「「ははぁ」」」」」


 室内に立ち並ぶ側近たちが一様に身を引き締め、さらに深く頭を下げる。


「……」


 王位を奪って以降、頭を悩ませてきた問題。

 黒晶宮から消えた玉璽。

 それをあろうことかエリシティアが握っておる。


 私に盾突くだけでなく、玉璽を持って王権を迫って来るとは。

 決して許せるものではない。


 エリシティアを始末して街にさらしてやらねば気が済まぬわ。


 しかし……。


 ふふ。

 ふふふ……。


 キュベルリアで安穏としていれば、しばしは命を長らえられたものを。

 自ら死地に飛び込んでくるとはな。

 愚かなことよ。



「陛下」


「……」


 まだ何かあるのか?


「おそれながら……南はいかがいたしましょう?」


 ワディンの神娘の件だな。

 それも言うまでもないが。


「この件が片付くまで、捨ておけ」


「ははぁ」





**************************


<レザンジュ王女エリシティア視点>





「エリシティア様、そろそろ野営の準備に入りませんか?」


 馬上にいる私の目の前に広がるのは茫洋とした平原。

 街道を北に大きく外れたそこに夕陽が長い影を落としている。

 が……。


「日が暮れるまでまだ猶予がある。もう少し進むとしよう」


「……」


「心配無用だ、ウォーライル。この数日で皆も野営には慣れたはずだからな」


「……はっ」


 我々王族の旅と言えば、豪華な馬車に乗り駿馬を駆る近衛騎士に護られての優雅な旅こそが通常と考えられている。

 しかし、幸いなことに私は優雅な旅には興味がない。

 そもそも、馬車よりも馬での旅を好んでいるくらいだ。


 もちろん、馬車に乗ること自体を否定するつもりはないが、飾り立て乗り心地を重視した車より頑強さと速度に重点を置いた車を好ましく思ってしまう。


 そのような嗜好ゆえ、私の旅は王族のそれとは趣を大きく異にしている。

 さらに今回は、逆賊アイスタージウスの網にかからぬよう街道を迂回した道なき道を進む征行(せいこう)


 必然、野営が増えるというもの。

 騎士たちの野営の腕も上がるというものだ。

 つまり、多少闇が濃くとも問題などない。


 とはいえ、いずれにしても……。


「ウォーライルよ、時は生きているぞ」


「……はい」


 人の前を過ぎゆく時は一様ではない。

 生きている。


 私の時は今……。

 宵の困難さより道行きを優先すべき時。



 ザッ、ザッ、ザッ。

 ザッ、ザッ、ザッ。


 私と騎士たちの駆る馬が土を蹴るリズムは軽やかでありながら力強く、優しく私に寄り添ってくる。


「……」


 未知の試練がこの響きに乗せて訪れる予感。


 すべての苦難を乗り越えることができる。

 奥底から湧きあがる確信にも似た思い。

 想い……。


 刹那。

 西から吹く風が平原を駆け抜けた。


「薫風か」


 心地いいな。

 熱く火照った体と心を冷ましてくれるようだ。


「うむ……。」


 身に纏った紫の外套が舞っている。

 翻る音が馬蹄音とともに心音に調和していく。


 私は……。


 背筋を伸ばし、目を前にやり。

 旅路の先に待つ運命を見つめるのみ。


「……」


 何が待ち受けているのか?

 無論、はっきりとは分からない。

 それでも、私は前に進む。

 天命を己で勝ち取るために。





 ザン!

 ザシュッ!


「ファイヤーボール!」


 剣刃が煌めき、魔法の炎が空を焼く。


「グワアァァ!」


「オオォォ!」


 平原の果てで遭遇した魔物の群れ。

 ウルフ系の亜種のようだが、我らの戦力からすれば脅威になるような敵ではない。

 とはいえ、これだけの大群ともなると……。


「私も出るか?」


「いえ、エリシティア様が出るまでもありません。どうか待機をお願いします」


「……」


「時間はかかっておりますが危ういところなどございませんので、ほどなく決着もつくかと」


 ザン!

 ザシュッ!

 ザシュッ!


「アイスアロー!」


「ギャン」


「ギャワン」


 確かに……。

 危険な場面などは、まったく目に入ってこない。






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