第590話 約束
<ヴァーンベック視点>
「そうなんだぁ」
「ああ。しっかし、奇妙な魔道具もあったもんだよな」
「ほんとね。それで、迷宮のような通路を抜け出した後は? コーキ先生はどうなったの?」
「おう、こっからが本番なんだけどよ」
「うん、うん」
「何と、迷宮から脱出した後に訳の分からない怪物が現れたんだぜ」
「怪物? 魔物じゃなくて?」
「ありゃあ、どう考えても魔物じゃねえなぁ」
「ふーん。で、強かったの? ダブルヘッドやエビルズピークのドラゴンと比べてどう?」
「比べんのは難しいが、総合的にはダブルヘッドと同レベルじゃねえか」
「そこまで? そんな怪物を倒したの、ヴァーン?」
「いや、倒したのは俺じゃなくてだな……」
トン、トン!
「あっ、誰か来たみたい」
話が怪物との遭遇に進み、これからって時に邪魔者かよ。
「俺が出るから、シアは座ってりゃいい」
「ありがと」
「感謝される程じゃねえって」
こんな些事にも感謝を口にするシアの頭をひと撫でして、入り口へ。
トン、トン!
「ああ、今開けるから待ってくれ」
言葉と同時に、扉を解放。
すると、そこに立っていたのは。
「……ヴァーン殿、シア殿ですか?」
神官服に身を包んだ青年。
「ああ……。それで?」
「神殿からの使いでまいりました」
神官服を着てんだから、そうだろうな。
「神官様が何の用です?」
考えられるのは、視力の件のみ。
ただし、数日前神殿で俺が尋ねた時には、素っ気ない対応をされたんだぞ。
なのに、今さら?
「視力回復の件です」
「……」
どういうことだ?
まったく、意味が分かんねえ。
けど、シアの視力が回復するんなら。
「視力が戻るんですか?」
「場合によっては、可能かと」
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<公爵令嬢サヴィアリーナ視点>
「今回の件、心から感謝いたします」
レンヌの屋敷を出てそうそう、深く頭を下げてくるアリマ。
気にせずとも良いものを。
「礼には及ばんさ。そんなことより、アリマが無事で何よりだ」
「それも、サヴィアリーナ様のおかげです」
「私は戦っていないぞ」
「戦わずとも背後にいていただけるだけで安心感が違いますよ。心置きなく戦うことができましたから」
「……」
アリマとはエビルズピークの異界で共に死地を切り抜けた仲。
今まで共闘した誰よりも濃密な時間を過ごした仲だ。
当然お互いに、剣の実力も、捌きの癖も、魔力も熟知している。
そんな相手が、誰よりも信頼できる相棒が背後を守っている安心感。
言うまでもなく、何物にも代えがたい。
よく理解できる。
「それに、今回は私などよりサヴィアリーナ様ですよ」
「ん?」
私か?
「公爵令嬢姿のサヴィアリーナ様が被害を受けなかったこと。これに勝る安堵はありませんので」
「……」
「もちろん、イリサヴィア様の姿でしたら何の心配もなかったでしょうが」
「そう、だな」
アリマの言う通り、冒険者の姿なら憂いなく戦える。簡単に負傷などしないだろう。
ただ、公爵令嬢姿ではそうもいかない。
本気で動けない状況で兇神の眷属の相手をすれば、無傷での勝利は難しかったはず。
「怪我なく済んだのはアリマのおかげ。私こそ感謝すべきだな」
「いえ……。令嬢姿での戦闘が困難なのは当然ですし、何より戦闘以外の面では全てサヴィアリーナ様に助けていただきましたから」
確かに、レンヌ家との折衝は一冒険者であるアリマには荷が勝ちすぎている。
その点で助けになれたのは幸いだった。
「今後の対応でもお世話になりますし、やはり感謝するのは私の方ですよ」
「ならば、互いの感謝で相殺といこう」
「……サヴィアリーナ様がよいのであれば」
「うむ、何の問題もない」
「……」
この話はここまでにした方がいいな。
「ところで、アリマはなぜキュベルリアにいるのだ? ワディンの問題も片付いていないだろうに?」
「現状、あちらはセレスティーヌ様とワディン騎士、エンノアの皆さんに任せることになりましたので」
アリマの力を借りずに神娘とワディンの騎士で対応を?
情報通り、レザンジュ兵がテポレン山を一時放棄したということか?
「しばらくは王軍の攻勢もないようですし」
「……なるほど。で、白都にいる理由は?」
「完全に私用になります」
「ふむ?」
「その中の1つはサヴィアリーナ様に関するものですよ」
「……」
「テポレン山での約束を覚えていますか? リーナとオズのもとに案内してくれるという?」
それは……。
「いかがでしょう?」
「……」
もちろん、いずれこうなることは分かっていた。
アリマとの再会、いやコーキとの再会は望んでいたことでもある。
「今日はもう遅いですが、明日以降どこかで時間をいただければ?」
ただ、突然告げられると……。
「そう、だな」
言葉を返すのが精いっぱい。
「ありがとうございます!」
「ぅ!」
アリマ、満面の笑みじゃないか!
苦し紛れの一言に、その表情は。
「では、いつが良いでしょう? 明日などは?」
「明日……」
「あっ、すみません。サヴィアリーナ様は公務で忙しいですよね」
「いや、まあ」
さすがに明日は無理だ。
とはいえ、約定を反故にすることなどできない。
こんなに喜んでいるアリマを長く待たせることもしたくない。
ならば。
「明後日はどうであろう?」
「よろしいのですか?」
「……うむ」
「ありがとうございます」
その笑顔も感謝の言葉も、もうやめてくれ。
心が痛くなってくる。
「……礼は必要ない。約束だからな」





