第589話 人外 3
消えた!
目の前から球化したオルセーが消えてしまった!
「……」
オルセーの流した青い血は床に残っているものの、本体の姿はどこにも見えない。
エビルズピークの異界と同じ事態なのか?
「何が起こって……」
「こいつぁ、いったい?」
「コーキ殿?」
当惑の表情を浮かべるギリオン、ヴァーン、ヴァルター。
「アリマさん……」
剣姫は経験があるからだろう。
消失という現実を受け止めている。
それでも、若干の戸惑いは隠せないようだ。
俺は……。
俺も剣姫同様、球体が消える現象には覚えがある。
エビルズピークで倒した竜もどきの兇神が球化した直後に消えたあの場面。
決して忘れることなどできない。
赤い荒野での残像が今も強く記憶に残ったままだ。
そんな奇妙な先例を経験しているからこそ、今も何とか冷静さを保っていられる。
が……。
「怪物が球になったと思ったら、今度は消えんのかよ」
「ああ、意味分かんねえ」
「……」
経験のある俺と剣姫ですら驚いてしまうんだ。
彼ら3人が平静でいられるわけがない。
とはいえ、今の状況に狼狽えるのも失望するのも無駄なこと。
オルセーが戻って来ることなど、まずあり得ないのだから。
「エビルズピークと同じですね」
「ええ」
俺の傍に来て、小声で囁く剣姫。
彼女も十分に理解している。
なら、今は。
「下に行きましょうか」
ギリオンを無事に見つけ出すことができた現状。
本来なら、この屋敷に用などないはず。
兇神の存在と球化消失という事態さえなければ、禁具使用者の暴走ということで方はついたはず。
ただし、こうなってしまった以上、放置はできない。
「レンヌ家の話を聞く必要がありますので」
その後のレンヌ家との会談は実があるとも言えるし、無いともいえる内容だった。
今回の不始末に対する補償、今後の対応に関しては、ほぼこちらの希望通りに進みそうなので、その点に関しては文句のないものとなった一方、兇神については得られるものが全くなかったからだ。
レンヌ家でも、オルセーの行動と禁具の所持使用については関知していなかったようで、返答は要領をえないものばかり。そんな彼らが兇神について知っているわけもない。これはもう仕方のないことなのだろう。
結果、兇神については何の進展もなく。
エビルズピーク後と同じように、こちらからはどうすることもできない状況になってしまった。
もちろん。
2回に渡る兇神との接触が単なる偶然で、今後姿を現さないというのなら特に問題はない。その可能性も当然考えられる。
ただ、これが偶然でないなら、遠くない将来、俺の前に兇神が立ち塞がることも。
ただでさえ問題は山積みだというのに。
「……」
シアの視力回復、ワディンの領都奪還、日本の異能者関係、和見家と幸奈。
難題は減るどころか、増える一方。
ここに兇神への懸念まで加わると……。
俺1人で対処できるのだろうか?
すべてを解決できるのか?
正直、自信は持てない。
それでも、投げ出せるものなんて1つもない。
どれもが放置できない重要な問題だ。
何より、これは俺が選択したこと。
望んでいた冒険なんだ。
前回の人生の30年。
俺はただ異世界の冒険を追いかけるだけだった。
かなわない夢を求め、ひたすら鍛錬に励み、人間関係を無視し、不要なものは切り捨て、全てを異世界行のために捧げてきた。
結果、30年後の俺に残ったのは、途方もない精神的疲労と失望、絶望と諦念。
最終的には、かなり病んでいたと思う。
あの暗黒の時間に比べれば、今の問題山積の時間なんて愛おしいくらいだ。
それに、未解決の問題だけではないだろ。
行方不明だったギリオンを見つけたばかりじゃないか。
だから、この先も焦らず進めれば何とかなるはず。
悩むことも不安に思うこともない。
ただ、やればいい。
1つずつ向き合えばいい。
しかし……。
今回の事件はおかしなことが多かったな。
レイリュークやオルセーはもちろん、ギリオンも。
どこか、いつもと違う。
様子がおかしいんだよ。
まあ、俺の思い過ごしかもしれないけれど……。
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<ギリオン視点>
「おい?」
長期間の勾留から解放され、ようやく戻ることができたエリシティアの屋敷。
そこに足を踏み入れた途端、ヴァルターが固まっちまった。
「どうした? 何か問題か?」
エリシティアたちがレザンジュに向かった今。
屋敷に残っているのは数人のみ。
そんな屋敷で何があるってんだ?
「……魔報だな」
「魔法? どこに、魔法があるって? 何も見えねえぞ」
「違う」
はあ?
炎も氷も水も、ここには何もないじゃねえか。
「魔報だ。魔道具による連絡だ」
ああ……。
魔道具のことかよ。
紛らわしいな。
「んで?」
「国境から急報が入ってる」
急報って、おい。
厄介事が終わったと思ったら、また何かあんのかよ?
「エリシティア様とウィル様が危地に陥っている!」
何だと!
「すぐに向かうぞ!」
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<ヴァーン視点>
「お帰りなさい」
「おう」
「その声は……無事なのね。上手くいったのね?」
今は視力を失っているシア。
それでも、俺の声だけで察することができる。
さすがだよな。
「コーキ先生もギリオンさんも?」
「もちろん、ふたりとも無事。救出に成功したぞ」
「成功したんだ」
心からほっとしたような声を出すシア。
まっ、俺も同じ気持ちだけどな。
「ヴァーンも怪我はない?」
「まったく問題ねえ」
怪物にやられた傷がちっと残ってるが、シアに話すほどじゃない。
「はあ~。よかった」
さらに安堵の息を漏らすシア。
「それで、どうやって、どこで助けたの? ふたりは今どうしてるの?」
「ん? ああ……っつうか、あれは助けたというか、助けられたというか……」
「どういうこと? 詳しく教えて」
「もちろんだ。まずは……」





