第587話 人外 1
「オレは戦えるつってんだ!」
「いいから、おまえも来い」
渋るギリオンをヴァーンが引っ張っていく。
「なっ! てめえ、やめろ!」
「分かった、分かった」
ヴァルターも手を貸している。
ふたりともに手慣れたものだな。
「ちっ!」
「ほら、来いって」
「この野郎」
「こっちだ、こっち」
「……」
正直、助かる。
「頼むぜ、コーキ!」
ギリオンを連れ下がっていくヴァーンが、すれ違いざまに顔に浮かべたのは不敵な笑み。
その余裕、悪くないな。
対してヴァルターは。
「申し訳ない、コーキ殿」
心苦しく思っているようだ。
ギリオンと俺を助けに来てくれたヴァルターが責任を感じる必要などないというのに。
「いえ。とりあえず、今は後ろで休んでください」
「……うむ」
ヴァルター、ヴァーン、ギリオンが下がった現状。
俺の前にいるのはオルセーのみ。
さあ、舞台は整ったぞ。
「オルセー」
「ォォォ」
最後に問いかけてみるが、返ってくるのは呻きに似た音だけ。
オルセーとしての自我なんて欠片も残っていないようだ。
そこまで堕ちたのか……。
ならばもう、悩む必要もない。
すぐに楽にしてやる。
夕連亭以来の関係を終わらせてやる。
「オオォォォ!!」
っと!
動きを止めていたオルセーが床を蹴った。
強靭な脚で速度を上げ、真っ直ぐこっちに。
人外の重力感を持った猛烈な突進。
さっきの戦闘時より速く重そうだ。
それでも、既に強化済みの俺にとっては脅威になるほどじゃない。
ブン!!
突進と同時に振るってくる強烈な右腕を上半身だけで避け、続けて放たれた左拳も掻いくぐるように回避。
こちらは上半身を折り、腰をかがめた状態。
その窮屈な構えから。
「くっ!」
一気に剣を振り上げてやる。
狙いはがら空きの左脇腹。
両腕が伸びきった体勢で、こっちの剣に対応できるわけないよな。
無防備な腹に向かって剣を一閃。
ガシッ!
よし!
剣刃がオルセーの腹に炸裂した。
が、この手応え。
やはり硬い。
濃厚な魔力でコーティングした剣身でも斬り裂けないのか?
「ァァァ」
「!?」
ここから頭突きを?
両腕が伸び、剣を腹に受けた状態だというのに?
「ォォォォ」
常識を超えている。
人にできる動きじゃない。
「オオォォ!」
恐ろしい威力をもって打ち下ろされる頭突きだ。
「っ!」
剣で弾くには勢いと質量がかち過ぎる。
なら。
剣を引き抜き後方に跳躍。
ブン!
回避成功。
と同時に、空中で剣を振るいオルセーの左腕の表皮に斬りつけてやる。
シュッ!
皮膚が斬れ、ほとばしるのは青い鮮血。
「アアァ!」
存外、表面の皮膚は柔らかいらしい。
つまり、厄介なのは皮下の筋肉ってことだろう。
「ァァァ」
「……」
流れ落ちる真っ青な血。
人外の挙動。
強化剣でさえ倒しきれない硬い体。
さらに、口から漏れ続ける不気味な声。
自我が消えているどころじゃないぞ。
既に人であった残滓すら消え去り、怪物化していると?
分かってはいたものの……。
オルセーとの間には一様でない因縁が存在する。
夕連亭、レザンジュ国境での戦闘、今回の監禁。
どれも看過できるものじゃない。
今さら彼を許す気になれるはずもない。
ただ、完全なる人外と化すのは……。
やり過ぎだろ。
どうしても複雑な感情を抱いてしまう。
すぐには拭い切れない。
「……」
その上、こいつはエビルズピークの悪意に近い存在。
兇神の分身だ。
「ァァァ」
単なる人外じゃあない。
分身であっても神の名を持つ存在なのだから。
とはいえ、こっちは既に経験済み。
兇神の分身たる悪意の雫は、エビルズピークで数頭を屠ってきた。
元凶たる本体、竜のバケモノも消滅させた。
だから。
この期に及んで、怯むことなどない。
兇悪なる人外を滅するのみ。
「気を付けろ、コーキ。そいつは、ほんと硬ってえぞ!」
「首を狙え。おそらく、そこが弱点だ」
「了解」
兇神の分身と化したオルセーが硬いのは当然。
本体はとんでもない防御力を誇っていたからな。
ただし、こいつは分身。
エビルズピークに現れた分身より防御力に優れてはいるものの、所詮本体ほどじゃない。
地下の石牢で身につけた新たなる強化を使えば。
剣の内部強化を施せば、斬り裂けるはず。
問題は、内部強化完成には時間がかかるということ。
ただ、敵が距離を取ってくれている今なら。
この隙にじっくり強化できる。
そう。
剣の内部に、さらには剣身にも、ゆっくり、じっくりと……。
「アリマさん、その剣は?」
ああ、そうだった。
「内部と外部の魔力密度、バランスが……」
剣姫は、俺が剣の内部強化できることを知っている。
ただ、ここまでの強化は見せてなかったな。
「練習したんですよ」
「……」
これまで、剣の扱いについてはこっちが感嘆するばかりだった。
けれど、今回少しは驚いてもらえたようだ。
「……素晴らしい強化ですね」
「ありがとうございます」
剣姫に褒めてもらえるなんて、光栄だよ。
さてと。
そろそろ強化が完了する。
これで異形化したオルセーに致命傷を与えることができるだろう。
「ォォォ」
いまだ距離を置き立ち尽くすオルセー。
「ォォォ……」
悪いが、おまえとの悪縁もここまで。
文字通り、しっかりと断ち斬って終わりにしようか。
「……」
狙うは、オルセーの首。
ヴァーンの指摘通り、その傷痕に一撃くれてやる。
彼我の距離を消すべく、一足飛びに接近。
間合いに入ると同時に、中段から剣を放つ。
肥大化したオルセーの首目掛けての斬り上げだ。
と、動きを止めていたオルセーが反応。
両腕を上げ、首の前に?
傷をガードしようとしている?
しかも、速度が上がった!
「っ!」
剣と腕、どっちが早い?
ザシュッ!
剣身が通過!
抜群の手応え!
「アアァァァ……」





