第586話 早いじゃねえか
<ヴァーンベック視点>
「ギリオン、一度戻るんだ。態勢を整えるぞ」
「ちっ」
しかめっ面のギリオンが戻って来る。
怪物はファイヤーボールを受けた場所に留まったまま動かない。
「……」
やつの猛攻を何とかしのぎ切ったようだ。
しかし……。
今の攻撃は力任せのそれじゃなかった。
これまでとは違う理性を感じさせる動きだった。
それに、あいつの眼。
さっきまでの濁った色じゃない。
確かな光を宿している。
まさか!
この短期間で進化を?
だとしたら、まずいぞ。
ただでさえギリギリの戦いだというのに……。
「てめえ、危ねえことしやがって」
「……おかげで助かっただろ」
「……」
「感謝しろよ」
「うるせえ」
まだ余力は残ってそうだな。
ただし。
「胸の傷はどうなんだ?」
「んなかすり傷は、唾つけとけば治んぜ」
「……」
確かに、深い傷じゃない。
が、そこまで軽いものにも見えないぞ。
「下がって治療するか?」
「かすり傷だつってんだろ」
「おまえ……」
「まったく問題ねえし、おめえが気にすることじゃねえ」
「……」
今は言い争ってる場合じゃないか。
なら。
「ところで、気づいてるよな?」
「ん? 動きか、あいつの?」
「ああ」
「左右の拳を使うなんざぁ、これまではなかったからよ。ちっと驚いちまったが、次は大丈夫だぜ」
「……」
拳の使用が問題じゃない。
理性的な動きが問題なんだ。
「明らかに動きが変わったな」
そこに、後ろから声を掛けてきたのはヴァルター。
「おめえも見てたのかよ?」
「当然だ。ギリオンの危ない戦いぶり、しっかり見させてもらったぞ」
「危なくねえわ! ちっと油断しただけだ。って、おめえも同じだろうがよ」
「そうだったな」
「ちっ」
「……」
怪物によって傷を負わされたギリオンもヴァルターも、今は十分に動ける状態じゃない。
それでも。
「ヴァルターさん、治療は終わったんですね?」
「ああ。時間をもらったおかげで、肩も脚もましになった」
ヴァルターなら、少し動けるだけでも違う。
不完全な状態でも、戦力には大きな差が出るだろう。
とはいえ、右肩の状態が良くないことに変わりはない、か。
「しかし、あいつの動き……まずいな」
「ええ」
ヴァルターは理解している。
好ましくない状況だということを。
やはり、ギリオンとは違う。
「おめえら、ゴチャゴチャとうっせえなぁ。何があっても、あいつを倒すしかねえだろうがよ」
いや。
こうなったら、逃げるのも一手だ。
俺たちには怪物を倒す責務があるわけじゃないんだぞ。
と言っても、ギリオンは聞く耳を持たないだろう。
ヴァルターは……。
厄介だな。
「ォォォ……」
「そろそろ、動きそうだぞ」
「おう、今度こそ決めてやるぜ」
「……」
仕方ない。
今は戦うしかないか。
うん?
これは?
「……」
そうだよな?
「はは……」
間違いねえ。
あいつだ!
これで3度目。
俺があいつの気配を感知できないわけないだろ。
けど。
今回は随分早いじゃねえか。
いつもギリギリのおまえにしちゃあ、珍しい。
これまでの2回と違って、こっちはまだ戦える状態なんだぜ。
まっ、助かるけどよ。
さてと。
そろそろ振り返ってやろう。
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レンヌ家邸宅の2階回廊。
俺のすぐ後ろには公爵令嬢姿の剣姫が控え、数メートル先には異形と化したオルセーと対峙するギリオン、ヴァーン、ヴァルターの姿が見える。
「戦っているのは、ヴァルターと、アリマの友人か?」
「ええ」
「なぜ、ヴァルターが?」
ヴァルターとヴァーンがここにいる状況は理解しがたい。
ただ、2人がギリオンと共闘しているという事実だけで分かることもある。
「おそらくは、ギリオンを救いに来たのでしょう」
「……うむ」
とはいえ。
「満身創痍だな」
剣姫の言葉通り、3人ともにボロボロの状態だ。
既に十分に動ける状態ではないだろう。
それでも、ここまでよく持ち堪えてくれた。
「ヴァルターを手負いにするとは……やはり侮れないぞ」
「先程に比べると、明らかに強化されてますね」
「アリマ、本当に任せても良いのか?」
「まずは、やってみますよ」
「……危うくなったら、すぐに加勢するからな」
「ええ」
俺の後ろに剣姫が待機している。
これ以上望めない程の安心感だ。
ただし、助けを借りるつもりはない。
ひとりで方を付けてやる!
「いきますよ!」
「うむ」
一言を残し、床を蹴る。
「オォォ……」
幸い、今は逼迫した戦況じゃない。
バケモノと化したオルセーは動きを止めたまま。
対する3人も疲労と負傷で限界は近いだろうが、いまだ戦意を残している状態だ。
これなら、焦る必要もない。
十分間に合う。
「コーキ!」
ヴァーンは気づいたようだな。
「コーキ?」
「コーキ殿!」
残るふたりも。
「ヴァルターさん、下がってください。ギリオンとヴァーンも下がって休んでくれ」
「……」
頷いたヴァルターとヴァーンが下がっていく。
が、ギリオンは。
「オレは戦えんぞ」
相変わらずだ。





