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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第2章  エンノア編
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第59話  エンノア 12



「アデリナさん、また治癒魔法をはじめますね」


 明けて早朝。


 容体は安定しているものの熱は依然として高く、いまだ改善したとは言えない状況だ。

 そんなアデリナさんに治癒魔法を行使する。

 前回同様、ゆっくり魔力を流し込む。


「んっ、んん?」


「どうしました?」


「ちょっと、胸に、なにか……」


 胸に違和感があるのか。

 とすると……。


 そこを重点的に治療した方がいい。


 アデリナさんの身体全体に治癒を施したのち、再び胸のあたりに魔力を流し免疫を高めるように循環させる。


 数分の間念入りにじっくりと循環させ続け……終了。


「あっ!」


「大丈夫ですか?」


「はい、あの、胸が楽になりました」


 よかった。


「では、今回はこれで終了しますね」




 その後、昼、夕方、夜、深夜と治療を続け、エンノアの皆さんに治療を開始してから24時間程度が経過した。


 中軽症者や、アデリナさんを除く重症者の方々の容体には、ちょっと信じがたいほどの良化が見られる。中軽症者の中には、もう治ったと言って普通に仕事を始めようとする者まで出る始末。


 こちらの見立て通り、ビタミン不足による異世界の壊血病的な病だったのだとしたら、薬類が効いたということか。


 それにしても効果があり過ぎる。

 これは、やはり、俺の治癒魔法が上手く作用したと考えていいのかもしれない。


 と、それは過信というもの。


 異世界人にとって、日本の薬の効果が高かったという、単にそれだけかもしれないな。

 とはいえ、治癒魔法の効果も多少はあるだろう。


 これまでは怪我の治療、それも軽い傷にしか使用経験がなかったため、治癒魔法には自信が持てなかった。今回は藁にもすがる思いで試してみたのだが、使って良かったな。


 だから、信じたい。


 この異世界の薬と治癒魔法の効果が現実のものなら、アデリナさんにも効いているはずだと。


 そのアデリナさんの容体はというと。

 若干良化しているように見えるが、安心できるほどでもない。


 前回の時間の流れでは、これから数時間後にアデリナさんは亡くなっていた。

 とにかく、今は経過を観察しながら治療を続けるしかない。




 前回の治療から数時間後。

 昨日と同じ未明の時間帯に、またアデリナさんが苦しみだした。


「今から治癒魔法をかけますので、楽にしていてください」


 熱が高い。


「ゴホッ! ごめ、ん、なさい」


「気にしないで休んでいてくださいね」


 寝台に横たわるアデリナさんの手を取り、治癒を開始する。

 もう何度も使っているので、かなり慣れてきた。

 いつもと同じように丁寧に魔力のエネルギーを流し入れ、循環させる。


「ゴホッ、ゴホッ」


 ここが正念場だ。

 おそらく前回の時間の流れでは、ここで亡くなったのだと思う。

 今回は投薬も栄養補給も治癒魔法も行っているので、前回同様の結果にはならないはず。


 だが、それでも、油断などできるわけがない。

 目の前には苦しんでいるアデリナさんがいる。

 とても安心できる状況じゃないんだ。


 とにかく、まずはこの時間を乗り切らないと。



 身体全体に循環させた後は、胸周りを重点的に魔力のエネルギーを浸透させる。

 弱った細胞を癒し、免疫を高める。

 そのイメージで。


 ……。


 ひととおり終了。

 でも、今回はまだ終わらない。

 2巡目だ。


 新たに作り出した魔力を練り込み、再度アデリナさんの身体に送り込む。

 先ほどと同じ行程を慎重に進める。


 ……。


 2巡目終了。


「あのぅ、随分楽になりました」


「そうですか、良かった」


 それでも、完治には程遠い。

 だから、ひとつ試してみることにする。


「もう少し続けますね。アデリナさん、少し腕を動かしてもらえますか」


 少し動けるようになったアデリナさんに試してみたいことがある。


「腕ですか?」


「両腕を胸の前に出して、何か物を抱えるような感じで、そうですね、樽でも抱えるような形で円を作ってください」


「こうですか」


 仰向けになった状態で両腕を上にあげ、空気を抱きかかえるような形で円を形作ってもらう。


「辛くなったら、肘を寝台につけてもいいですからね」


「はい」


「では、この状態で治癒を行います」


「はい?」


 疑問に思うのは当然。


「これは、治癒魔法に効果的な形なんですよ」


「そうなのですか」


 これは気の流れを作り出すひとつの形。治癒魔法に効果的かどうかは定かではないが、プラシーボ効果的な面からも、ここは断言させてもらう。


「ええ、効果的なんです」


 病は気からという言葉もある。そもそも病気という言葉自体が気を病むと書くんだ。本来なら体を病むとでも書けばいいところを。だから、気から治癒するというのもひとつの方法として効果があるはず。


 まあ、魔力で同じことができるか確認したわけじゃないが、今までの経験から気と同様に扱えると考えている。

 本来は寝た状態でするものではないが、応急の処置として今はこの形で試させてもらおう。


「では、始めます」


 今回はアデリナさんの手ではなく左肩に俺の手を置き、魔力のエネルギーを送り出す。

 左肩から上腕へ、そして肘へと送り……前腕、手首、手へと流す。そのまま右手、手首、前腕へと流し……肘、上腕、肩へと伝える。


 これで1周。


 続けて2周目。今度は肩から腕、手へと円を描くように魔力を循環させながら、円の内側に腕から魔力を放出し魔力溜まりを作る。


 3周、4周……。


「腕は疲れませんか?」


「はい……大丈夫です」


 少し辛そうだな。

 では、ひとまずこれで。


 魔力の周回で腕の内側に球状に溜まった魔力のエネルギーを凝縮し、ゆっくりと胸へ浸透させる。

 慎重に細胞ひとつひとつに均等に行き渡るように、丁寧に流し入れる。


 ……。


 よし、完了!


「腕を下ろしていいですよ」


「す、すごい!」


「どうしました?」


「胸が凄くスッキリしました」


 今までの治療で最も良い反応だ。


「治癒魔法の効果があったようですね」


「ホントに……ありがとうございます」


「少し元気になられたようで、良かったです」


「先生のおかげです」


 先生じゃないけど。

 まあ、今はそんなことはどうでもいい。


「でも、もう少し続けますね」


「はい」


「今度は肘を寝台につけてもいいので、先ほどと同じように腕で円を作ってください」


「これでいいですか?」


 肘を寝台につけた状態なので、円というよりは楕円になっている。


「ええ、その体勢なら辛くないですか?」


「平気です」


「そうですか、では始めますね」


 こうしてアデリナさんの治療のため、ひたすら治癒魔法を使い続ける。

 円状の循環、身体全体の循環と何度も繰り返す。


 魔力が底をつくまで何度も何度も。


 ここに至って、魔力回復薬を買っておけば良かったと後悔したが……。

 高価過ぎて今の俺には手が出ない薬なんだよな。


 やはり、お金は必要か……。



 俺の魔力を振り絞った治療の結果、アデリナさんの症状は大幅に改善したと思う。

 顔色も随分と良く見えた……かな。


 確信を持てないのは、魔力が残り少なくなるにつれ意識が朦朧としてきたからだ。

 結局、魔力の尽きた俺はそのまま隣室に戻り、倒れ込んでしまった。


 だから……。


 現実にアデリナさんが良化しているのかどうなのか?

 俺の願望が見せる幻じゃなければいいんだけど。


 そんなことを考えながら、意識が途絶えたんだ。





「ふあぁぁ」


 良く眠った。

 久々に寝たと実感する睡眠だ。


 で、ここは?


 ……!?


 そうだった。

 アデリナさんの治療後、そのまま眠ってしまったんだ。


 今は何時だ?

 時計は10時を示している。


 誰も起こしに来なかったのか。


 ということは……。


 今の状況は?


 どうなったんだ?




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― 新着の感想 ―
[良い点] 胸の内になにか病巣があるのでしょうか。気になる展開ですね。試行錯誤しているコウキの内面がよく伝わってきて、読み応えがありました。そして、疲れ切って睡眠してしまった後、という幕引きもとても良…
[良い点] 処置と薬が効いたのか、結果が出てきましたね。 問題は前回、お亡くなりになったアデリナさんへの対処が肝要なようですね。 症状の進行度合いが深刻だったんですかね。 治りが悪いようですが……まさ…
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