第59話 エンノア 12
「アデリナさん、また治癒魔法をはじめますね」
明けて早朝。
容体は安定しているものの熱は依然として高く、いまだ改善したとは言えない状況だ。
そんなアデリナさんに治癒魔法を行使する。
前回同様、ゆっくり魔力を流し込む。
「んっ、んん?」
「どうしました?」
「ちょっと、胸に、なにか……」
胸に違和感があるのか。
とすると……。
そこを重点的に治療した方がいい。
アデリナさんの身体全体に治癒を施したのち、再び胸のあたりに魔力を流し免疫を高めるように循環させる。
数分の間念入りにじっくりと循環させ続け……終了。
「あっ!」
「大丈夫ですか?」
「はい、あの、胸が楽になりました」
よかった。
「では、今回はこれで終了しますね」
その後、昼、夕方、夜、深夜と治療を続け、エンノアの皆さんに治療を開始してから24時間程度が経過した。
中軽症者や、アデリナさんを除く重症者の方々の容体には、ちょっと信じがたいほどの良化が見られる。中軽症者の中には、もう治ったと言って普通に仕事を始めようとする者まで出る始末。
こちらの見立て通り、ビタミン不足による異世界の壊血病的な病だったのだとしたら、薬類が効いたということか。
それにしても効果があり過ぎる。
これは、やはり、俺の治癒魔法が上手く作用したと考えていいのかもしれない。
と、それは過信というもの。
異世界人にとって、日本の薬の効果が高かったという、単にそれだけかもしれないな。
とはいえ、治癒魔法の効果も多少はあるだろう。
これまでは怪我の治療、それも軽い傷にしか使用経験がなかったため、治癒魔法には自信が持てなかった。今回は藁にもすがる思いで試してみたのだが、使って良かったな。
だから、信じたい。
この異世界の薬と治癒魔法の効果が現実のものなら、アデリナさんにも効いているはずだと。
そのアデリナさんの容体はというと。
若干良化しているように見えるが、安心できるほどでもない。
前回の時間の流れでは、これから数時間後にアデリナさんは亡くなっていた。
とにかく、今は経過を観察しながら治療を続けるしかない。
前回の治療から数時間後。
昨日と同じ未明の時間帯に、またアデリナさんが苦しみだした。
「今から治癒魔法をかけますので、楽にしていてください」
熱が高い。
「ゴホッ! ごめ、ん、なさい」
「気にしないで休んでいてくださいね」
寝台に横たわるアデリナさんの手を取り、治癒を開始する。
もう何度も使っているので、かなり慣れてきた。
いつもと同じように丁寧に魔力のエネルギーを流し入れ、循環させる。
「ゴホッ、ゴホッ」
ここが正念場だ。
おそらく前回の時間の流れでは、ここで亡くなったのだと思う。
今回は投薬も栄養補給も治癒魔法も行っているので、前回同様の結果にはならないはず。
だが、それでも、油断などできるわけがない。
目の前には苦しんでいるアデリナさんがいる。
とても安心できる状況じゃないんだ。
とにかく、まずはこの時間を乗り切らないと。
身体全体に循環させた後は、胸周りを重点的に魔力のエネルギーを浸透させる。
弱った細胞を癒し、免疫を高める。
そのイメージで。
……。
ひととおり終了。
でも、今回はまだ終わらない。
2巡目だ。
新たに作り出した魔力を練り込み、再度アデリナさんの身体に送り込む。
先ほどと同じ行程を慎重に進める。
……。
2巡目終了。
「あのぅ、随分楽になりました」
「そうですか、良かった」
それでも、完治には程遠い。
だから、ひとつ試してみることにする。
「もう少し続けますね。アデリナさん、少し腕を動かしてもらえますか」
少し動けるようになったアデリナさんに試してみたいことがある。
「腕ですか?」
「両腕を胸の前に出して、何か物を抱えるような感じで、そうですね、樽でも抱えるような形で円を作ってください」
「こうですか」
仰向けになった状態で両腕を上にあげ、空気を抱きかかえるような形で円を形作ってもらう。
「辛くなったら、肘を寝台につけてもいいですからね」
「はい」
「では、この状態で治癒を行います」
「はい?」
疑問に思うのは当然。
「これは、治癒魔法に効果的な形なんですよ」
「そうなのですか」
これは気の流れを作り出すひとつの形。治癒魔法に効果的かどうかは定かではないが、プラシーボ効果的な面からも、ここは断言させてもらう。
「ええ、効果的なんです」
病は気からという言葉もある。そもそも病気という言葉自体が気を病むと書くんだ。本来なら体を病むとでも書けばいいところを。だから、気から治癒するというのもひとつの方法として効果があるはず。
まあ、魔力で同じことができるか確認したわけじゃないが、今までの経験から気と同様に扱えると考えている。
本来は寝た状態でするものではないが、応急の処置として今はこの形で試させてもらおう。
「では、始めます」
今回はアデリナさんの手ではなく左肩に俺の手を置き、魔力のエネルギーを送り出す。
左肩から上腕へ、そして肘へと送り……前腕、手首、手へと流す。そのまま右手、手首、前腕へと流し……肘、上腕、肩へと伝える。
これで1周。
続けて2周目。今度は肩から腕、手へと円を描くように魔力を循環させながら、円の内側に腕から魔力を放出し魔力溜まりを作る。
3周、4周……。
「腕は疲れませんか?」
「はい……大丈夫です」
少し辛そうだな。
では、ひとまずこれで。
魔力の周回で腕の内側に球状に溜まった魔力のエネルギーを凝縮し、ゆっくりと胸へ浸透させる。
慎重に細胞ひとつひとつに均等に行き渡るように、丁寧に流し入れる。
……。
よし、完了!
「腕を下ろしていいですよ」
「す、すごい!」
「どうしました?」
「胸が凄くスッキリしました」
今までの治療で最も良い反応だ。
「治癒魔法の効果があったようですね」
「ホントに……ありがとうございます」
「少し元気になられたようで、良かったです」
「先生のおかげです」
先生じゃないけど。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。
「でも、もう少し続けますね」
「はい」
「今度は肘を寝台につけてもいいので、先ほどと同じように腕で円を作ってください」
「これでいいですか?」
肘を寝台につけた状態なので、円というよりは楕円になっている。
「ええ、その体勢なら辛くないですか?」
「平気です」
「そうですか、では始めますね」
こうしてアデリナさんの治療のため、ひたすら治癒魔法を使い続ける。
円状の循環、身体全体の循環と何度も繰り返す。
魔力が底をつくまで何度も何度も。
ここに至って、魔力回復薬を買っておけば良かったと後悔したが……。
高価過ぎて今の俺には手が出ない薬なんだよな。
やはり、お金は必要か……。
俺の魔力を振り絞った治療の結果、アデリナさんの症状は大幅に改善したと思う。
顔色も随分と良く見えた……かな。
確信を持てないのは、魔力が残り少なくなるにつれ意識が朦朧としてきたからだ。
結局、魔力の尽きた俺はそのまま隣室に戻り、倒れ込んでしまった。
だから……。
現実にアデリナさんが良化しているのかどうなのか?
俺の願望が見せる幻じゃなければいいんだけど。
そんなことを考えながら、意識が途絶えたんだ。
「ふあぁぁ」
良く眠った。
久々に寝たと実感する睡眠だ。
で、ここは?
……!?
そうだった。
アデリナさんの治療後、そのまま眠ってしまったんだ。
今は何時だ?
時計は10時を示している。
誰も起こしに来なかったのか。
ということは……。
今の状況は?
どうなったんだ?





