第585話 猛攻
「人が人でなくなる宝具、いや禁具か。そんな道具の存在、聞いたこともない」
超一流の冒険者であり、要職に就く公爵令嬢でもある剣姫が耳にしたこともない禁具。
そんなものが実在すると?
「アリマはどうなんだ?」
剣姫が知らない道具を俺が知るわけないだろ。
「私も初めて知りました」
「そう、か」
「共に知らぬとはいえ、現実としてそこに存在している」
「……」
「ならば、滅するしかないな」
「……ええ」
今のオルセーは兇神の眷属ともいえる存在。
エビルズピークの悪意に近い存在を放置なんてできない。
ここで倒すのみだ。
「サヴィアリーナ様は待機を」
「……やれるのか?」
兇神相手に剣姫の力を借りずに戦うのは難しいだろう。
ただ、あいつは本体ではなく分身みたいなもの。
なら、俺ひとりでも倒せるはず。
それに。
「サヴィアリーナ様の変身は避けた方がいいでしょ」
「……うむ」
「まずは私ひとりで戦いますよ。ですが、危ない場合は、お願いします」
「……分かった」
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<ヴァーンベック視点>
「ぐっ!」
「ヴァルター!」
想定外の体当たり。
怪物は弱っていたはずなのに、さらに勢いを増した突進をヴァルターが受けてしまった!
「……大丈夫だ」
大丈夫なわけがない。
真正面からの激突は何とか避けることができたものの、左下半身を負傷している。
しかも、軽くない。
左脚を引きずるくらいの負傷だぞ。
「ここは俺とギリオンに任せて、後ろに下がってください」
さっきは俺たちが庇ってもらったんだ。
今回はギリオンと2人でしのぐしだけ。
「疲労しているおまえたちに、任せることは……」
「そんな体じゃねえだろ」
「ギリオンの言う通りです。右肩だけならまだしも、左脚までそれでは戦えないでしょ。今は後ろで治療に専念した方がいい」
「……」
「ヴァルター!」
「……分かった。少しだけ、頼んだぞ」
「了解」
治療と言っても、低級の魔法薬しかない現状では完治は期待できない。
表面の傷を癒し、痛みを和らげるのが関の山だ。
それでも、多少は動けるようになるはず。
「ヴァーン、やれんな!」
「もちろんだ」
「んで、魔力は残ってんのか?」
「まだ数発は撃てる」
「ちっ、数発だけかよ。相変わらずしけた野郎だぜ」
「魔法も使えねえ剣だけのおまえには、言われたかねえなぁ」
「オレ様は剣だけで充分。おまえの鈍ら剣とは違うからよぉ」
「……」
この状況で、よく減らず口をたたけるもんだ。
けど、悪くない。
「その余裕、最後まで失くすんじゃねえぞ」
「ったりめえだ」
「なら、ギリオン様の剛剣見せてくれ」
「おう! って、あいつまた休んでんな」
ヴァルターに体当たりをした後、怪物は追撃してくる素振りがない。
今は完全に動きを止めている状態だ。
こっちとしては、態勢を整える時間ができて助かったが……。
「さすがに、バテやがったか」
「かもしれないな。ただ、気を抜くとまずいぞ」
これまでも消耗したと思ったら、いきなり恐ろしい勢いで動き始めた怪物。
油断できる相手ではない。
「分かってらぁ。今度こそ倒してやる!」
にやりと深い笑みを頬に刻み、怪物に向け足を進めるギリオン。
分かりやすい男だよ。
「……」
怪物は己に近づく相手に気づいていないわけじゃない。
目はギリオンを追っている。
ただ、自らは動かず。
さっきまでのような奇声を発することもない。
体力を温存していると?
「どうした、怪物野郎」
「……」
ギリオンはもう目の前。
それでも、反応しない。
「ビビりやがったか!」
おい、ここで挑発かよ?
「……」
まったく。
この期に及んで、ハラハラさせてくれる。
けど、その単純すぎる豪胆さは、おまえだけの強みだよな。
共闘するこっちの戦意も高揚させてくれるってもんだ。
「それとも、休んでるだけか!」
「……」
「休みたきゃなぁ、死ぬまで休んでろ!」
いまだ動かない怪物に向けてギリオンが飛び込んだ。
狙いは、やはり首。
「だあ!!」
急所に決まる!
いける!
こっちも魔法発射の準備は万端。
今回は高威力の火の玉だ。
と!
「オオォ!」
下方から伸びた剣が首に決まる寸前。
怪物が動いた。
ガン!
強靭な左の拳で剣腹を叩き弾く!
「なにっ!」
さらに、右拳をギリオンの胸に!
速い!
「オオォォォ!!」
「だっ!」
ガン!
今度はギリオンの剣が右拳を弾いた。
が、力は怪物が上。
僅かに軌道が逸れただけの右拳が再び迫る!
「こんの野郎!」
上手い!
後方に胸を反らし紙一重で……いや、少しかすめたか。
それでも、回避には成功している。
なのに!
「オオォォォ!!」
さらなる追撃の左拳。
恐るべき猛攻だ。
剣は間に合わない!
まずい!
なら。
「ファイヤーボール!」
火の玉の進む先にはギリオンと怪物が並んだ状態。
けど、おまえなら理解してるよな。
「ギリオン、横に飛べ!」
よし!
背中でこっちの声を聞いたギリオンが右に跳躍した。
ファイヤーボールがその脇を翔け怪物へ。
腹に炸裂!!
「オオォ……」
高威力の火の玉を正面から喰らえば、さすがの怪物も動きを止めるというもの。
とはいえ、大したダメージじゃないか。





