第581話 想定外?
<ヴァーンベック視点>
「あそこを見てみろ」
ここまでほとんど喋ることもなく歩き続けていたヴァルター。
そんな彼が立ち止まって指さした先は……。
迷路のような通路の前方にある天井。
同じような通路が永遠と続く先にある、その天井には……!?
「おい! 穴が開いてんぞ!」
そう。
天井に穴が開いている。
人が通れるほどの穴が!
「あの穴から外に出れんじゃねえか」
やっと脱出できる。
その希望で興奮を隠せないギリオンと俺。
ヴァルターの顔にさえ喜色が浮かんでいる。
「ヴァルターさん」
「ああ、試してみよう」
天井からの脱出を試みても問題ないんだな。
よし!
「ヴァーン、ついて来い!」
駆け出すギリオンに続いて、穴の真下に到着。
「こいつぁ、低かねえぞ」
確かに。
天井に穴が開いているとはいえ、簡単に脱出できる高さじゃない。
「ヴァーン、おめえ、飛び上がれるか?」
「さすがに無理だな」
「なら、どうするよ?」
身ひとつで不可能なら。
「何か道具でも持ってないか?」
「ああ? 今の今まで監禁されてたのに、持ってるわけねえだろ」
「それも、そうだな」
「おめえの魔法はどうだ?」
そんな便利な魔法があればいいが。
「……難しい」
「ちっ!」
身体だけでは無理。
道具も魔法も使えない。
だったら……。
残るは原始的手段のみ。
「ギリオン、おまえ四つ這いになれ」
ギリオンが四つ這いで土台を作り、その上にヴァルターを肩車した俺が乗る。これで、ギリギリ天井の穴まで届くはず。
「はあ?」
「体重の重いお前が土台になるしかない。早くしろよ」
「ちっ」
悪いが、我慢してくれ。
今はこれしか思いつかないんだ。
「ヴァルターさん、俺の肩に乗ってください」
「そういうことなら、オレが下になろう」
「いいんですか?」
体重はヴァルターの方が重いが、冒険者の大先輩である彼の上に乗っても?
「ああ、問題ない」
「分かりました。では」
ギリオンの上にヴァルター、さらにその上に俺が乗ると……。
想定通り、ちょうど天井に手をかけることができた。
「気を付けろよ」
「ええ」
穴の開いた辺りの天井は脆く、さらには土台も不安定な状態。
ここで下手をすると穴の周りが崩れてしまう。
慎重に穴の端に手をかけ強度を調べ、安全を確認してから穴の中へ。
どうだ?
まだ天井は崩れていない。
なら、このまま上へ!
よーし!
上手く穴を通り抜けることができたぞ!
で、ここは?
脱出できたのか?
迷路のような異常回廊から外へ?
天井の上で目に入ってきたのは……休憩室、談話室のような広い空間。
今まで彷徨っていた回廊とは明らかに違う。
つまり、脱出成功と考えても?
「……」
だよな。
脱出できたんだ。
その事実を前に、張りつめていた神経が解れていく。
「ふぅぅ」
思わず安堵の息が漏れてしまう。
「おい、ヴァーン? 大丈夫か? 上はどうなってる?」
って、そうだ。
まずは、下にいるギリオンとヴァルターを何とかしないといけない。
「上手くいった。脱出できたぞ」
「おっ、やったじゃねえか!」
「当然だな」
「何言ってやがる」
「予定通りってことだ」
「ビビりながら上ってたやつが、よく言うぜ」
「なわけねえだろ」
こうしてギリオンと軽口を言い合うのも悪くない。
が、その前に。
「ヴァルターさん、天井は無事ですか?」
こっちの床に問題はないから大丈夫だと思うが。
「異常は見えないな」
俺が脱出しても天井は崩れていない。
なら、ふたりの重さにも耐えられるはず。
「それで、上の様子は?」
「広い部屋のようですね」
「ふむ、廊下ではなく部屋か」
「部屋だと問題でも?」
「いや、廊下でないなら問題はない」
つまり、迷路空間から脱出できたとヴァルターも考えてる?
「ヴァーン、次はオレたちだな」
「ああ」
「で、どうする?」
「……」
「おい?」
問題はそこだ。
どうやって、2人をこの部屋まで引き上げればいい?
「おめえ、まさか考えがないとは言わねえよな」
「……」
「ちっ! 予定通りだと言った口はどこ行きやがった!」
ここまでは想定通りだったんだ。
「上に使えそうなモノねえのかよ?」
いくら広い部屋だと言っても、そんな都合の良いものがすぐに見つかるわけ……あった!?
おあつらえ向きのものが床に!
「何かあったのか?」
「ああ、いいもん見つけたぜ」
ロープとハンカチが2組落ちている。
都合が良すぎて不審に思っちまうが、そんなこと考えるより。
「すぐ部屋に上げてやる」
「ヴァルター、あの迷路みたいな廊下は何だったんだ?」
「……宝具による迷宮創造」
宝具?
「魔道具じゃなくて、宝具かよ?」
「ああ、おそらくな」
「けっ! 厄介なわけだぜ」
「……」
落ちていたロープを使い2人をこの部屋に引き上げた後。
ギリオンが辛抱できないとばかりぶつけた質問に返答したヴァルター。
「石牢の魔法発動阻害といい宝具といい、この屋敷はどうなってる? ヴァルターは知ってんだろ?」
「……詳しい説明はここを出てからだ。まずは屋敷を出るぞ」
「ちょっと待て。コーキが見つかってねえのに、オレだけ出るわけにゃあいかねえ」
「それも外に出てから対処できる」
「……」
「そもそもコーキ殿がこの屋敷の中にいるかどうかも定かじゃない」
「コーキが外に出てるってか?」
「分からない。が、今はオレに従ってくれ」
「……コーキに万一のことがあったら許さねえからな」
「ああ」
「……しゃあねえ。行くぞ、ヴァーン」
今まで渋ってたくせに、俺の返事も聞かず部屋を出ようとするギリオン。
勝手なやつだぜ。
「一応、警戒はしとけよ」
「分かってらぁ」
ゆっくりとドアを開け、ギリオン、ヴァルター、俺という順番で部屋の外に足を踏み出す。
すると、そこには迷宮回廊ではなく通常の廊下が。
ひと安心と思いきや……。
何だ、この空気は?





