第579話 宗主 4
一瞬で5メートルの距離を取った動き。
それも宝具の力なんだな。
「時を止めたんです」
時を止める宝具。
剣姫の言葉で思い出したのは、オルセーとの戦い。
国境の狭隘地で使われた宝具、ロシュノワの瞬宝。
数秒だけ対象の時を止めることが可能だが、停止中の対象には手を出せないという宝具だったはず。
あの瞬宝を、ここで使ったと?
「君は恐ろしい冒険者だよ、アリマ君」
ベリニュモナの護宝で傷を消し去り、ロシュノワの瞬宝で俺の間合いから離脱した当主。
その顔には笑みが浮かんでいる。
2度も致命傷を受けたというのに、この余裕。
腕に覚えがあるから?
いや、自信があるのは腕じゃないか。
「そんな恐ろしい力を持つ君でも、宝具の前では無力なのだよ。そう、剣など意味がない」
「……」
「最終警告だ。今すぐ石牢に戻るというなら、宝具を使わずに済ませてやろう」
どんな宝具を持っているのか知らないが、今さら石牢に戻るわけないだろ。
「石牢で大人しく沙汰を待つか、ここで痛い目に遭うか?」
「どちらも勘弁してもらいたいですね」
「ふっ、それは無理な相談だ」
「では、痛みに耐えることにします」
「そうか。ならば、教えてやる。過信が常に愚かな選択を生むということを」
「……」
「いくぞ!」
当主が消えた?
違う。
宝具で時を止めたんだ。
ということは……。
次は攻撃。
背後からの剣撃か。
やっぱりな。
背中に剣圧を感じた時には、既に跳躍済み。
剣風を感じながら数歩前へ、
「何っ!」
前に飛び出せば、早さに劣る当主に追いつかれることはない。
もちろん、剣を受けることもない。
振り向いた俺の先には驚愕の表情を浮かべる当主の姿。
が、また消えた。
今度も後ろから?
それとも?
横か!
後ろでも横でもすることは同じ。
距離を取るだけ。
当主の剣がむなしく空を切りさく間に、俺は数歩先に。
体勢も整え終わっている。
「っ! これも避けるのか!」
「何度やっても同じですよ」
「瞬宝が効かない……」
宝具自体は効いているぞ。
その後の攻撃には問題があるけどな。
「そんなわけ!」
3度目の発動。
さて、どうする?
このまま逃げてるだけじゃ、終わらないか?
だったら。
背後に出現した気配に対し、剣を打ち出してやる。
迷いのない最短最適の一振りを。
ガキーン!
背後から迫る剣を上回る速度で放った一撃は、当主の剣を弾き飛ばし。
返す剣でその胸に……。
と、またここで!
「……」
剣身が当主の胸に届く寸前。
4度目の発動で姿を消してしまった。
次に現れる先は?
後ろでも横でもない。
10メートル前方?
4度目は攻撃ではなく、距離をとってきた。
「ロシュノワの瞬宝では、君を倒すことはできないようだ」
ああ、その宝具で倒されることはないだろうよ。
ただ、こっちも当主を倒しきれていない。
宝具に対抗するのは簡単じゃないな。
「……」
しかし、この瞬宝。
あと何回使えるんだ?
際限なく発動でき、逃げに徹せられると厄介極まりないぞ。
仕方ない。
魔法も使うか。
「貴重な宝具をここまで使うのはもったいないが」
ん?
「致し方ない」
また新たな宝具?
「君でも抗えない宝具を使うとしよう」
やはり、そうか。
なら、発動前に倒してやる。
それが無理でも、発動の時間を奪ってやる。
10メートルの距離を一気に詰め剣を……っ!
5度目の瞬宝?
「……」
寸瞬の停止が終わると。
当主は、10メートル後方。
「……エリルエイル」
そこで、呪文を詠唱している。
「ベアサマ」
これは……。
間違いない。
マリスダリスの刻宝だ。
「メニケアイニシャ」
刻宝に抗するには、呪文を封じるか。
効果距離からの離脱。
ただ、ここは……。
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<ヴァーンベック視点>
「何なんだ、この迷路はよぉ」
「……」
「どこまで行っても同じ通路にしか見えねえって」
目覚めたと思ったら、これ。
ほんと、うるさいやつだ。
「どういうこった、ヴァーン?」
「さあな、俺に分かるわけねえ」
「はあ? 助けに来て、何言ってんだ!」
何言ってるじゃねえ。
「おまえ、ちっとは感謝してんのか。こんな面倒な場所までわざわざ来てやったんだぞ」
「それで道に迷ってりゃ、意味ねえだろうが」
この野郎。
「石牢で倒れてたやつに、偉そうに言われることじゃねえな」
「……休憩してただけだ」
「ほう、床にうつ伏せに倒れた体勢でか?」
「ああ」
「よく言うぜ」
「うるせえ!」
「うるさいのはギリオン、おまえだろ」
「ちっ! んなことより、こいつぁ、どういう状況なんだ?」
「……」
「迷ってんのかよ?」
まあ、俺ひとりなら遭難といえるかもしれねえ。
ただ、先を歩いているヴァルターには迷いが見えないかならな。
「ヴァルターさんなら、道を知ってんじゃねえのか」
「どうなんだ、ヴァルター?」
「……」
「おい、黙ってねえで何か言いやがれ」
ギリオンの言葉にヴァルターが立ち止まった。
「あそこだ」
何?
「よく見てみろ」
ヴァルターが指さした先には……。





