第578話 宗主 3
並じゃないのは、そっちだろ。
剣技も剣速も、魔力を纏った剣撃も尋常じゃないぞ。
「サヴィアリーナ様が目を掛けるだけのことはある」
「……」
「だが、我が屋敷での勝手な振る舞いを許すわけにはいかんのでな」
纏う空気が変わった。
「その身に報いを受けてもらおう」
初撃とは異なり、今度は真正面からの突き。
速度も跳ね上がっている。
それでも剣筋は目視可能。
なら、剣身を弾き軌道を外してやればいい。
相手の剣身に横から剣を当て。
キッ!
弾けない!?
剣身を合わせたまま、強引に剣を突き入れてくる。
刺突の軌道は僅かに逸れただけ。
正面に迫る剣先!
こうなると剣では防げない。
体捌きで避けるしか。
「っ!」
剣先が届く寸前、上半身だけを右横にずらしてやる。
胸先をかすめながら強剣が通過。
よし。
ギリギリで回避できた。
が、この体勢なら当然。
剣を横に振るってくるよな。
分かってるさ。
回避で右に傾いた動きのままに、さらに右に跳躍。
直後に敵の剣が一閃され、最前までいた空間が薙ぎ払われた!
もちろん、こっちは既に離脱に成功している。
次撃へ向け体勢も整っている。
ならば。
攻守交代だ。
突きから一転、猛烈な勢いで剣を横に払った影響で、宗主の剣は左に振り切られ、重心も左に片寄った状態。
その体勢から剣と体を戻すほんの僅かな時間が勝負。
一足で距離を詰め、下段から剣を振り上げてやる!
宗主の剣は間に合わない。
「ぐっ!」
さっきの俺のように上半身だけで回避しようと、力技で半身を戻す宗主。
その動きを支えるのは凄まじい筋肉と強化された肉体。
称賛に値する反応だよ。
ただし、それも想定内。
ヴァルターさんや剣姫など、何度も達人の至芸を目撃してきた俺にとっては驚くほどじゃない。
上半身を逸らすなら、こっちは剣を伸ばすだけ。
半歩踏み込んで、剣を振るうだけ。
ザンッ!
躍動する剣身に確かな手応え。
間違いない。
宗主の胸を斬り裂いた!
「うっ!」
よろめきながら数歩後退する宗主。
体からは力も抜けている。
終わりだな。
「……」
レンヌ家当主の剣も魔力付与も素晴らしいものがあった。
間違いなく一流のそれだった。
ただ、剣姫のそれに比べると、どうしても見劣ってしまう。
剣姫と戦った経験のある俺、当時よりレベルが上がり経験を積んだ俺が倒せない相手じゃない。
「うぅぅ」
さて、決着がついたとなると……。
ここで、とどめを刺す必要もないだろう。
俺としては、オルセーさえ始末できれば十分。
レンヌ家との間に不要な遺恨は残したくないからな。
まっ、多少の禍根が残るのは、どうしようもない。
なら、さっさと……ん?
宗主の体が光に包まれている!?
これは?
「アリマさん、宝具です!」
宝具?
この場面で使う宝具と言えば……。
致命傷を消し去るベリニュモナの護宝!
そうか!
ここはオルセーの家門。
魔道具と宝具の大家でもあるレンヌ家の当主が、宝具を身につけていないわけがない。
と、光がはじけた!
「……」
光の跡にはレンヌ家宗主。
剣撃を受けよろめいていた姿は、もう見えない。
しっかりとした足取りで立っている。
「見事な一撃だ。が、残念だった……」
それがどうした。
今さら悔しがることでも、驚くことでもない。
宝具と理解した時点で、こっちは既に動いている。
待ってやる必要はない。
「なっ!?」
宝具で全快したんだろうが、それは胸の傷の話。
受けた衝撃からは完全に立ち直っていないはず。
案の定、棒立ちなんだよ。
だから、対応できないだろ。
この剣の一振りを。
間合いに飛び込みざま、横薙ぎに剣を一閃!
ザシュッ!
完璧だ。
「うぐぅ!」
さっきの胸の傷をなぞるような一撃。
手応えも十分。
「うぅぅ」
宗主は床に片手、片膝をついている。
今度こそ決まりだろう。
そう終わりを確信した瞬間。
また光!
さっきと同じ光だ!
「……」
ベリニュモナの護宝は使い捨ての宝具だったはず。
ということは、宝具を2つ持ってるのか?
「アリマさん」
ああ、分かってる。
ベリニュモナの護宝という貴重な宝具を2つも使ったことには驚いてしまうが、それだけだ。
何度使われても、することは同じ。
宝具の効果が切れたところで剣を振るうのみ。
さあ、光が弱くなってきたぞ。
ん?
その光が後ろに?
護宝の効果を保ったまま、当主が後退している?
こっちの剣撃を警戒して逃げたのか?
とはいえ、問題などない。
追撃すればいい。
弱くなった光を追って前へ、さらに前へ。
よし、光が消える。
3度目の正直だ!
今度は上段からの振り下ろし。
決まりだ。
剣身がまた胸に……なっ!?
かすりもしない?
当主は5メートルも離れている!
今の一瞬でそこまで?
いや、あり得ない。
そんな反応はできないはず。
ということは……。
「ロシュノワの瞬宝です」
ここで新たな宝具を?





