第577話 宗主 2
「以上が、これまでの経緯になります」
「なるほど……」
公爵令嬢として状況を説明した剣姫に対して、深く頷きを返すレンヌ家当主。
「事情は理解いたしました」
堂々たる体躯に暗赤色の短髪、鋭い眼光。
年齢は40過ぎだろうが……。
さっきの剣撃も、発する空気も40代とは思えないものがある。
現役そのものと思った方がいい。それも一族最強の腕を持つ現役と。
「とはいえ、彼が罪を犯したという事実は変えられません」
「それは冤罪のようなものです」
「サヴィアリーナ様、あなたのような地位にある方が冤罪などと軽々しく口にされるのは、いただけませんな」
「……」
「もちろん、罪状誤認の可能性はありますし、衛兵詰所から彼らをこちらに移したオルセーの咎も否定できないでしょう。当主である私にも責はある」
今は公爵令嬢である剣姫が押されている。
「それでも、彼は罪人です。勾留自体に問題はない」
「……罪人ではありません」
「いいえ、王国が任命した衛兵たちが現行犯で逮捕したわけですから罪人です」
ギリオンがレイリュークの顔を殴ったという一事だけは微罪にあたるかもしれない。
けど、俺は手を出していないぞ。
「さらには、我が屋敷の一部を破壊し」
あれは!
「家人である女性2人も害しました」
「……」
「オルセーとバシモスに対する行動も看過できません」
屋敷の破壊と女性2人の拘束については問題があったかもしれない。
オルセーとバシモスに対しては……。
「それはアリマさんの罪ではありません。不当な勾留から逃れるためですから」
「であったとしても、レンヌ家の損失は確実に存在します」
「……」
「紛れもなく、彼は罪人なんですよ」
石牢内でオルセーから受けた数々の仕打ち。
あの蛮行を受けた身からすれば、納得なんてできない。
ただ、これがキュベリッツの法だというのなら……。
「ご理解いただけましたか?」
「……」
「では、この件については捜査関係者と諮った上で、私が責任を持って処理いたしますので」
「……アリマさんの身柄は?」
「事実確認が終わるまでは勾留となります。この屋敷ではなく、衛兵詰所内での勾留となるでしょうが」
「無実のアリマさんを長期間石牢に閉じ込めた上、さらにまた勾留を続けるなんて、認められません」
あくまで俺を信頼し庇ってくれる剣姫。
本当にありがたいことだ。
けれど、レンヌ家当主にこうやって正論を並べ立てられる現状は、分がいいとは言えない。
「サヴィアリーナ様、我々はキュベリッツ王国民なのですよ」
「分かっています」
「であれば、王国法に則るだけです」
「……」
「ご安心ください。全てが詳らかになり彼が釈放に値するとなれば、すぐさま解放いたしますので」
また石牢に閉じ込められるのか。
「……」
前回とは異なり、次の勾留では不当な扱いは受けないだろう。
それでも、納得なんてできない。
受け入れられたもんじゃない。
俺ひとりで自由に動いていいなら、こんな屋敷から出て行ってやる。
ただ、この状況では……。
いや、待てよ。
まずはギリオンだ。
勾留云々より、まずはギリオンの安全を確認しなきゃいけない。
「1つ聞きたいのですが」
ここに集まっている人たちに聞けば行方が分かると思っていたのに……。
ギリオンについて知っている者は1人もいなかった。
「……」
オルセーもバシモスも、当主も屋敷の使用人たちも、誰もギリオンの所在を知らないなんて。
こんなおかしなことがあるのか?
いったい、何が起こっているんだ?
まさか、おかしいのは皆ではなく俺?
俺の記憶がおかしい?
ギリオンは最初からいなかったとか?
石牢に勾留されていたのは俺ひとりだったとか?
「……」
いや、さすがに、それはないか。
記憶を改竄された経験があるから絶対とは言い切れないものの、さっきの尋問ではオルセーもギリオンの勾留を肯定していたのだから。
ギリオンが石牢にいたことは事実。
間違いない。
なら、どうして消えた?
どこに行った?
「アリマ君、君には石牢に戻ってもらうことになる」
ギリオンの安全確認ができない現状。
俺が拘束されるわけにはいかない。
「勾留されるような罪を私は犯しておりません」
「罪状については今話したところだ。君も聞いていたはず」
もちろん、聞いていた。
だが、受け入れるとは答えていないだろ。
「サヴィアリーナ様」
申し訳ないが、あなたの面子を潰してしまうかもしれない。
厄介なことになるのも間違いない。
それでも!
「……」
俺の言葉に剣姫が瞳を閉じ、ほんの僅かに顎を下げた。
頷いてくれた。
そうか。
認めてくれるのか。
感謝しますよ、サヴィアリーナ様。
「話を聞いていたのなら、道理も理解できるであろう。大人しく勾留された方がいいな」
「勾留を受け入れることはできません」
「この期に及んで、どうするというのだ?」
「力尽くで切り抜けるだけです」
「レンヌの屋敷内で、ひとり抗うと?」
「ええ」
「ふっ、面白い」
その言葉とは裏腹に、目はまったく笑っていない。
さらに、身体からは闘気が溢れている。
「君が只者でないことは分かっている。が、どこまでやれるかな」
俺の前に足を踏み出す当主。
いつでも剣を抜ける体勢だ。
「事情を知らなかったあなたに対しては思うところもないのですが、こうなっては仕方ありません」
こちらも一歩前に。
「ふむ、分かりやすく決着をつけるとするか」
「……」
「覚悟はいいな」
「ええ」
「まいる!」
剣を抜き放つやいなや、居合のような剣が飛来する!
驚くべき速さ。
だが。
オルセーへの一撃で、動きは既に確認済み。
剣速も付与魔力も見当はついている。
キン!
だから、こうして剣を合わせることができる。
キン、キン!
連撃にも対応できる。
キン、キン!
ただ、想像していた以上に重く強い剣だ。
薄く赤みがかった剣身には素晴らしい精度の魔力が付与されているのだろう。
キン、キン!
「……受けきったか」
7連撃を放った直後。
数歩後退して距離を取る当主。
「やはり、並ではないな」





