第576話 宗主 1
剣身への魔力付与が完了。
これでオルセーの強靭な皮膚を斬り裂ける。
そう思って足を踏み出したところで。
「何事だ、この失態は?」
威厳を感じさせる大音声を発しながら、壮年の男性が横たわるバシモスのもとに近づいて来た。
「あれは、オルセーだな」
引き締まった体に、短く切り揃えられた暗赤の頭髪。鋭い眼光を放つ切れ長の目。
只者じゃないのは明らか。
何者だ?
「……」
「使ったのか?」
「……はい」
「おまえが傍についていながら、オルセーに禁具を使わせるとはな」
「申し訳ありません。あいつの道具への依存を抑えきれず……」
「それを分かった上で、おまえを傍に置いていたのだ」
「……」
バシモスが、ひたすら下手に出ている。
屋敷の他の者も、一言も口に出せていない。
凶暴化したオルセーでさえ、沈黙して動きを止めた状態。
この壮年男性は、それだけの地位にあるということだろう。
「で、その縄は?」
「……あの者に」
「揃いも揃って、何たるざまだ」
「……申し訳ございません」
「……」
「すべて私の不手際です」
「ふむ……。おまえたち、バシモスの縄を解いてやれ」
「「「はっ」」」
「さて……なぜオルセーが禁具を使ったのか? バシモスが拘束されたのか? その青年は何者なのか?」
壮年男性の鋭い目が俺と剣姫に向けられている。
「サヴィアリーナ様、説明していただけますかな?」
「説明の前に、屋敷内をお騒がせしたこと、宗主殿にお詫びいたします」
宗主?
この男性はレンヌ家の当主なのか?
不在だと聞いていたのに、どうして?
「頭を上げてください」
「……」
「それで、この状況は?」
「まず、そこにいる青年についてですが……オルセー殿によって不当に監禁されていたようです」
「不当な監禁をされていた?」
「はい」
「事実で?」
「間違いありません」
「オルセー、おまえは何をしでかしたのだ?」
宗主の登場以降、沈黙を保っていたオルセー。
この問い掛けと共に発せられた威圧的空気に反応したのか。
「ガガッ」
再び声にならない叫びを上げ始めた。
「ガガガァァ!」
叫びだけではなく動きも!
「アアアァァ!」
まずいな。
悠長に話をしている場合じゃない。
「これでは話にならん。仕方ない、先に片付けるか」
その言葉も終わらぬうちに抜き放たれた大剣。
「!?」
薄赤く輝く剣身。
周囲を圧する剣圧。
とんでもない。
見惚れてしまいそうだ。
それに、これは?
魔力も纏っている?
ともあれ、剣姫のドゥエリンガー同様に名のある剣なのだろう。
「オルセー」
大剣を右手にオルセーに歩み寄る宗主。
「ここまでだな」
次の瞬間、暴れるオルセーの前に足を踏み出し。
剣を一閃。
一振りで胸を斬り裂いてしまった。
「ガッ、アガッ!!」
俺がさっき振るった剣撃とは違う。
オルセーの硬皮が完全に斬り裂かれている。
その裂傷は深く、奥の臓器に達するほど。
致命傷に違いない。
理性を失っているとはいえ、禁具で異常なまでに肉体強化したオルセーをこうも簡単に!
やはり、この宗主も剣に魔力を纏うことができる。
それも驚くほどの精巧さで。
「アアァァ!」
剣を受けたオルセーからは断末魔の叫び。
「ァァァ……」
悲痛な叫びも数秒で絶え。
ドッシーン!
その巨体を深い絨毯に沈めてしまった。
「おお!」
「さすが、宗主様」
「お見事です」
「……」
屋敷の者たちの顔には感嘆こそあれ、驚きはない。
皆が知る宗主の実力ってことなんだろう。
「宗主様、オルセーの命は?」
「難しいだろうな」
「そう、ですか」
どういう仕組みかは分からない。
が、床に倒れたオルセーの体からは肥大した筋肉が消えつつある。
と同時に命も……。
「ふむ。その体ついてはバシモスに任せよう」
「……承知しました」
バシモスが元の肉体に戻ったオルセーを抱え後退して行く。
「これで、サヴィアリーナ様の話も聞けそうですな」





