第58話 エンノア 11
「コーキ殿、どうしました?」
「ああ、すみません。治療法を考えていました」
不安そうな表情でこちらを見つめるサキュルスさん。
少し長く考え過ぎたようだ。
「そうでしたか」
「今から投薬と治癒魔法を試しますので、その前に消化の良い食物を持って来てもらえますか」
「分かりました」
病の方々の治療のため、エンノアの皆さんには俺の持って来た野菜と肉を煮込んで大量のスープを作ってもらっている。栄養補給はもちろん、投薬前の食事としても使わせてもらうつもりだ。
スープを取りに行ったサキュルスさんを見送ると、アデリナさんの横にいるのは俺ひとり。
とにかく、やるしかない!
このアデリナさん、他の患者同様に日本で言う所の壊血病であったのは確かだと思う。
が、今のこの高熱は……。
免疫が落ち弱った身体に細菌かウィルスが侵入した可能性が高いのではないだろうか。
もちろん、俺の知らない全く異なる病という可能性もある。
異世界特有の病である可能性もある。
その場合は、今の俺が対処するのは難しい。
そうかもしれないけど、その時はその時のことだ。
今は細菌かウィルスだと考えて対処することにする。
駄目ならリセットするだけだ。
それで……。
細菌かウィルスのどちらの可能性が高いかというと。
他の患者が発熱していないことから細菌の可能性が高いのじゃないかと思っている。
ウィルスなら、他の何人かの患者にも症状が見られるはずだから。
それなら、今俺が持っている抗生物質が役に立つかもしれない。
日本に戻った際、ビタミン類や食材のほか、手に入る薬も持ってエンノアにやって来たのだが、その中には抗生物質も入っている。
よし!
素人判断で申し訳ないが、抗生物質を試すぞ。
「アデリナさん、少しでいいので、ゆっくり食べてくださいね」
サキュルスさんの運んできた栄養満点のスープ。
「……はい」
辛そうにしながらも、少しずつスープを口に運ぶ。
大した量ではないが、これを食べるのさえ大変なのだろう。
それでも、1口2口と食べ進め何とか食べ終えてくれた。
「お疲れ様でした。では、これを飲んでください」
「はい」
水とともに抗生物質を飲んでもらう。
この世界の人に、抗生物質が効くのか不安はある。
副作用の心配もある。
でも、今はこれが頼りなんだ。
「では、横になって下さいね。治癒魔法による治療を行いますので」
「お願い、します」
アデリナさんの手を握り、治癒魔法のために魔力を練り上げる。
これは、普段俺が使っている治癒魔法のやり方ではない。
普段は治癒魔法を発動して、それをそのまま対象に使うだけだ。
でも、今回は違う。
魔法を自分のイメージで色々と改良してきた今までの経験から、なるべく安全で効果的な方法を試そうと思っている。
治癒魔法を発動直前に停止、治癒魔法のために生成された魔力エネルギーのようなものをそのままの状態でアデリナさんの手から体内にゆっくりと流す。
細胞を癒すように、免疫を高めるようにイメージして、身体中に行き渡らせる。
途中で分散しないように、濃度を保ってゆっくりと。
じっくりと丁寧に流し続ける。
焦らずゆっくり……。
額を伝う汗が目に入る。
少し痛いが、気にしている状況じゃない。
ゆっくり、ゆっくりと続ける。
……。
……。
しかし、これは想像以上に集中が必要だ。
……。
ふぅ。
もう少し。
最後まで慎重に。
ゆっくりと。
……。
よし、これで終わりだ!
「終わりました。気分はどうですか?」
「少し……楽になったと、思います」
若干だが、顔色が良くなっている気がする。
もちろん、俺の思い込みかもしれないが。
けど、自信を持って。
「確実に良くなっていますよ。では、また数刻後に同じ治療をしますから、それまではゆっくり休んでください」
「ありがと……ございます」
「いえいえ、では後ほど」
目を閉じ先ほどより幾分穏やかな呼吸をしているアデリナさんの傍を静かに離れる。
「大丈夫でしょうか?」
「少し良くなったとは思いますが、油断はできません」
まったく油断できる状況じゃない。
このまま前回同様の結果になるのではないかという不安がどこまでも付きまとってくる。
「そうですか」
「当面はこのような治療を続けていきたいと思います」
「今後もこちらで治療を続けていただけるのですか?」
「もちろん、そのつもりです」
やりつづけるしかない。
「コーキ殿には、本当にお世話になりっぱなしで、何とお礼を言ったらよいか」
「そういう話は、皆さんが回復してからにしましょう」
「そう、ですね」
「では、また数刻後にアデリナさんの治療をします。それまでは、他の患者さんを診ますね」
「お願いします」
アデリナさんの治療後、他の重症者と中軽症者の様子を見たが特に問題はなかったので、休憩を取るべく隣室に移動。
「コーキさん、どうかしましたか?」
今目覚めたばかりなのだろうか、寝ぼけ眼のフォルディさんが心配そうな顔で話しかけてきた。
「少しアデリナさんの治療をしてきました」
「それは……容体が悪化したのですか」
「熱が出てきまして、それで少し治療を」
「そうでしたか……。コーキさんには私とユーリアを助けていただいた上に、このようなことまで……。ホント、感謝の言葉もありません」
「それはもういいですって。今は皆さんの命を救うことだけ考えましょ」
「そうですね。ですが、コーキさんは、なぜここまでのことをエンノアにしてくれるのですか?」
正直なところ、明確な理由はと聞かれると答えに窮してしまう。
記憶操作までされたのに、不思議なものだと。
いや、それについて考えるの後にしよう。
「……なぜでしょうね」
「えっ?」
「すみません。自分でも分からないんです。ただ、眼の前に自分のやるべき事があるからやる、そんな感じでして」
前の時間軸ではただひたすら自分のために生きてきた。ただ、異世界に行きたいという願望をかなえるために。その願望がかなった今、あとはもうこの世界で自分らしく生きるだけ。
胸を熱くする冒険も人助けも、自分の心に素直に従っているだけだ。
「では、我々エンノアではなくても?」
「……はい」
フォルディさんの気分を害してしまうかもしれないが、それが事実。
「そうなのですか……」
「偽善かもしれませんが、できることをやりたいと思っているだけなのですよ」
「偽善だなんてそんな……。なかなかできる事じゃない。立派な考えだと思います」
フォルディさんがそう言ってくれるのはありがたいことだ。
でも、これが偽善だとは自分でも分かっている。
突き詰めれば、自分のためにやっているだけだから。
「ありがとうございます。まあ、力を貸すのは救いたいと思う相手に対してのみですけどね」
「ということは、エンノアを救いたいと思って下さったのですよね」
「はい」
偽善でも、その結果として救えるのなら、それは嬉しいこと。
今の俺はそう思う。
「それが理由ではないのですか」
「はい?」
「エンノアを救いたいから、ここまでの尽力をしてくださる。単純なことだと思いますよ」
「……そうかもしれませんね」
確かに非常に単純な話かもしれない。
「そうですよ」
「では、これからもエンノアの方々を救いたいので頑張りますよ!」
「そうすると、我々からも多大なる感謝をコーキさんに贈らないといけませんね」
「はは、ふりだしに戻りましたね」
「ほんとに」
そう言って微笑むフォルディさん。
邪気のないその笑顔が、俺を落ち着かせてくれる。
ユーリアさんを救えて良かったと、心から思えるな。
……。
これはもう、アデリナさんを助けるしかない!





