第575話 覚醒 2
<ヴァーンベック視点>
何をしても全く目覚める素振りのなかったギリオンが目を開いたことに、自分でも驚くほどの安堵を覚えてしまう。
「ここは?」
と同時に、ギリオンに対する感覚、いつもと同じ感覚も戻って来た。
「おめえ、何してる?」
ギリオンが倒れていたのは地下にある石牢の前。通路しかないここで目覚めて混乱するのも当然か。
仕方ない。
少しだけ気を遣ってやるよ。
「だから、おまえを迎えに来てやったんだ」
「オルドウからキュベルリアまで? 暇な野郎だな」
とはいえ、その言い草はないだろ。
「こっちは忙しい中、わざわざ助けに来たんだぞ」
感謝くらいしやがれ。
「けっ」
「何だ?」
「頼んでねえっての」
こいつ!
「ちょうど自力で脱出するところだったからよ」
「無様に倒れていた男が口に出すセリフじゃねえなぁ」
「倒れてねえ、休んでただけだ」
「地下の石牢の前でか?」
「おう、あそこで眠くなっちまってな」
「よく言うぜ」
「んだと!」
「あの惨めな姿、どう見ても意識を失った状態だろうが」
「てめえ、何言ってやがる!」
「図星だろ!」
「図星じゃねえ。あん時ゃあなぁ、鉄格子を破壊して外に出たところだったんだ。で、ちっと眠くなったから休憩を……って、おい?」
「どうした?」
「コーキはどこにいる?」
「……」
「鉄格子を破壊したのはコーキだぞ。石牢を一緒に出たのもな。おめえが、石牢の前でオレを見つけたってんなら、コーキもいるはずじゃねえか?」
やはり、コーキも一緒にいたんだな。
「ヴァーン、コーキはどこいった?」
「……分からねえ」
「ああ?」
「おまえを見つけた時には、コーキの姿はもうなかったんだ」
「なわけねえ!」
「わけがなくても、それが事実。石牢にコーキはいなかった」
「……」
「……」
ギリオン同様、コーキが石牢の中に閉じ込められていたのは間違いない。
なら、あいつは今どこに?
ひとり逃げたとは思えねえが……。
「ギリオン、再会の話が終わったのなら、詳しく説明してくれるか?」
ずっと沈黙していたヴァルターがここで。
「……ちっと長くなるぜ」
「分かってる」
「そうかよ。なら……」
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「ががっ、がガガ、アアァァァ!!!」
屋敷中に轟くような咆哮を上げたオルセー。
「覚醒してしまった……」
呟くバシモスの言葉通り。
さっきまでとは明らかに様子が違う。
「……」
隆起した上半身の筋肉はさらに厚みを増し。
深紅に染まった両眼からは頬に血が流れ。
周囲に発する気も……。
魔物に近いものがある。
これが、禁具による強化なのか?
「フゥ、フゥ……」
口から吐く息も異様に生臭い。
「ここまで禁具に侵されたオルセーを戻すことは不可能だ。もう屠るしかない」
さっきの状態ですら、殺すしかないと言ってたんだ。
本格覚醒した今は、それしか術がないのも当然だろう。
「私も手伝う。だから、すぐに縄を解いてくれ」
どうする?
「……」
剣姫は無言で首を振っている。
そうだよな。
解放なんてできないよな。
やはり、ここは俺ひとりで。
「彼を倒していいんですね、バシモスさん」
「ああ、だが、その前にこの縄を!」
特殊な状況下とはいえ、バシモスから了解を得たんだ。
今度こそ、オルセーとの因縁にけりをつけるとしよう。
「フゥ、フゥ……」
バケモノと化したオルセーを待つ必要はない。
抜き身の剣を右手に持ち接近。
そのまま横薙ぎに剣を振るう。
ガキッ!
が、人の身を斬ったとは思えないような音と共に、剣身がオルセーの胸で止まってしまった。
「ガアァァァ!」
叫声とも悲鳴ともつかない声を出すオルセーから剣を引き抜き一歩後退。
「通常の剣であの体に傷を!」
いや、これじゃあ足りないな。
まだまだ浅すぎる。
なので、続く一撃を。
ガッ!
やはり、剣が止まってしまう。
オルセーの肉体は俺の想像以上に硬化しているようだ。
「アリマさん」
距離をおいて観戦している剣姫から合図が。
その身振り手振りは?
剣をさらに強化しろと?
「……」
この段階まできて、中途半端はよくないか。
ならば、遠慮なく剣身に魔力を纏わせて……と。
これでいい。
「ガガ、アアァァ!」
人にこの剣を振るうことに若干の躊躇を覚えてしまうが。
相手はバケモノ化したオルセーなんだ。
迷う場面じゃない。
次の一撃で終わらせてやる。
強化を終えた剣を片手に、オルセーに向け一歩踏み出したところで。
「えっ!?」
「バ、バケモノ!?」
「きゃあぁぁ!!」
階下から集まって来たのは屋敷の者たち。
「何だ?」
「何が起こった?」
レンヌの家人が階段の上からこっちを見つめている。
驚きの表情で立ち尽くした体勢で。
「バシモス様!?」
「それは?」
数人が床に倒れたままのバシモスに駆け寄ってきた。
縄を解こうとしている。
「……」
バシモスを放置してもいいのか?
それに、オルセーをこのまま倒しても?
どうなんだ?
剣姫の考えは?
「……」
こっちに顔を向けた剣姫は、迷いも見せず頷いている?
いいんだな?
分かった。
事後処理は公爵令嬢に任せたぞ。
すると、ここでまた階下から。
「何事?」
大音量の一言を放つ壮年の男性が現れた。
「この失態は?」
壮年の男性が階段をゆっくりと上り、バシモスの傍らに。
「あれは、オルセーだな」





