第573話 覚醒 1
「イリサヴィアさん、重くありませんか?」
剣姫が肩に担いでいるのは細身のオルセー、俺が担いでいるのは大柄なバシモス。
細身とはいえ、成人男性が軽いわけがない。
「バシモスを担ぐ君に比べれば軽いものだ」
「こちらは平気ですよ」
「魔力を纏えば、私もまったく問題ないな」
それは、そうだろう。
ただ。
「剣姫としての力を使っても良いのですか?」
剣姫ではなく公爵令嬢が身体強化を使っても?
その姿で男を担ぎ歩く眺めは、シュールとしか言いようがないが?
「ここには君と私以外誰もいないのだぞ」
「……」
「ふふ、気にすることはない」
いや、いや、それは無理だろ。
何より。
「外でも、このまま歩くつもりで?」
屋敷内だけならまだしも、屋外でオルセーを担ぐというのは避けた方がいいのでは?
どうしても、気になってしまう。
「……」
「冒険者イリサヴィアさんの姿に戻ります?」
「うむ。外ではイリサヴィアに戻るか、あるいは、こやつらを歩かせればいい」
「……」
「支障はないな」
まあ、そういうことなら。
「さあ、行こう」
躊躇なく歩き出す剣姫と共に、部屋を出て廊下へ。
オルセーとバシモスを担ぐ姿を見られると厄介なので、感知を使って人を避けつつ歩き進める。
「……」
「……」
しかし、この屋敷。
想像以上に立派で豪華な造りだ。
上階の造りだけじゃない。
地階には、堅固な石牢が複数設置され。
迷路空間を作り出す魔道具に、魔法発動阻害の仕掛けまで。
レンヌ家……。
ウィルさんたちのコルヌ家と同じ風根衆とは思えないな。
「何か気になるのか、アリマ?」
「……レンヌ家について考えてました」
「うむ」
「いったい、どういう家門なのでしょう?」
「……王命を受けて様々な仕事をこなす、風根衆の中の一家門」
それについては、もう知っている。
「ただひとつ、他の風根家門と異なるのは、レンヌが道具に精通しているという点だな」
なるほど。
だから、屋敷にこれだけの仕掛けを施すことが可能なのか。
「では、宝具についても?」
「うむ。数多く所持しているはずだ」
そうか。
そうだよな。
じゃないと、オルセーが複数の宝具を持っている説明がつかない。
「それどころか……」
他に、何が?
「魔道具を、いや、宝具に近いものを創り出しているという噂まである」
「宝具を創り出す?」
「あくまで噂に過ぎないのだがな」
「……」
俺は宝具について詳しいわけじゃない。
それでも、この話。
単なる噂とは思えない。
「レンヌ家については、これくらいにして」
階段の前で立ち止まる剣姫。
「階下では、屋敷の者を避けるのも難しくなる」
確かに、2階や1階にいる人の数は3階とは比べ物にならない。
「出くわした場合は、私の話に合わせてくれよ」
「もちろんです。ところで、オルセーを担いだまま家人に遭遇してもいいのですか?」
「屋外よりましだろ」
「……」
「とはいえ、なるべく避けたいものだな」
「では……私が担ぎますよ」
屋敷内の短時間なら、俺が担いだ方がいい。
「アリマなら、問題ないか」
「ええ。では、ここからは私が」
左右の肩にひとりずつ担ぐことにしよう。
「悪いな」
「いえ」
ということで、オルセーを引き受けるため手を伸ばしたところ。
「イリサヴィアさん!」
「ん?」
「オルセーが」
目を覚ましている!
「覚醒してます!」
「何?」
階段の手前。
少し広くなったスペースにオルセーを下ろす剣姫。
「意識を取り戻しているようだが、目は虚ろだな。半覚醒状態か」
その通り。
眼は開いているものの、暴れもせず声も出していない。
とはいえ、こんなに早く覚醒を?
さっきもそうだったが、ちょっと信じがたいな。
「アリマ、そっちも覚醒しそうだぞ」
バシモスまで?
オルセーの隣の床に下ろして確認すると。
まだ眼は開いていないが、今にも意識を取り戻しそうだ。
「もう一度眠らせた方がいい」
ふたりともに、縄と猿ぐつわで強く拘束している。
抜け出せる状態じゃない。
それでも。
「ええ。意識を奪いましょう」
今回は掌底と雷撃で念入りに。
まずは、オルセー……?
表情が変わった?
「ん! んん!」
猿ぐつわの下からくぐもった声
完全に覚醒したようだ。
「んんん!」
目覚めたばかりで悪いが、また眠ってくれよ。
「んん、んんん!!」
床で暴れるオルセーの胸に手を当て。
掌底を……。
っ!?
何だ?
この感触?
胸に当てていた右の掌に伝わる脈動。
オルセーの胸が大きく脈打っている!
気持ちの悪いその感触に、思わず手が離れてしまう。
「んんん!!!」
「アリマ、これは?」
「……」
胸が脈打つだけじゃない。
隆起している!
胸がボコボコと音を立てるように大きく。
さらに、二の腕の筋肉も隆起して……。
「んん!!」
胸も腕も、腹も、すべて。
上半身全体が膨張していく。
「んんんん!!!!!」
ブチ、ブチッ、ブチィィ!!
拘束していた縄が切れ。
猿ぐつわが千切れ飛ぶ。
上着が破れ散り。
そして……。
細身だった上半身を、隆起した筋肉で2倍近い半身に変化させ。
大きく変貌したオルセーが、真っ赤に充血させた目を見開き。
立ち上がっていた!





