第571話 余裕?
「バシモスさん、騙されちゃいけない!」
オルセーが目覚めている。
縄も猿ぐつわも外して。
「その男はコルヌの犬だ!」
どうやって外したんだ?
バシモスが手助けしたのか?
「やはり、コルヌの手の者!」
「違います。コルヌ家もレンヌ家も、私には関係ありません。そこにいるオルセーに勾留されていただけです」
「勾留?」
「そいつが罪を犯したからですよ。おかしいことじゃない」
「……」
「不当な監禁で罪を犯したのはおまえだろ、オルセー!」
「不当だと! おまえはレイリュークに暴行したんだぞ!」
「俺は手を出していない。それに、仮に暴行があったとしても、長期の勾留と石牢内での扱いは不当そのものだ」
「虚言ばかり、よく口にできるものだな」
それこそ、こっちのセリフだ。
「厚顔無恥も甚だしい」
こいつ!
「そもそも、おまえは私の意識を奪っただろ」
「……」
「その上、拘束までしたあの行為。犯罪以外の何ものでもない」
それは……。
「……私もやられたな」
「……」
「バシモスさん、捕らえましょう」
「ああ」
バシモスとオルセーが揃って俺に向かって来る。
背後には、剣姫。
公爵令嬢の姿で長椅子の横に立ったまま。
「……」
この令嬢姿で手を出すことはないだろう。
が……。
「オルセー殿、バシモス殿?」
「イリサヴィア様、少々お待ちください」
「すぐに賊を片付けます」
「……はい」
ふたりに対する返答に反して、俺に投げかける視線は……。
やっていいんだな?
倒していいんだな?
王太子の依頼とやらは、問題ないんだな?
「……」
了解。
なら、戦ってやろう。
バシモスには申し訳ない気もするが、もう既に気を遣う場面じゃない。
「バシモスさん、用心してくださいよ。あいつは手練れですので」
「分かってる」
「そうですか。ではこちらから……アイスアロー!」
オルセーの魔法攻撃。
これまで何度も受けてきたアイスアローだ。
威力も速度も理解している。
避けるのも難しいことじゃない。
「アイスアロー!」
連続で飛来するアイスアローを避けたところにバシモスの剣撃。
上段から振り下ろされる迫力の一撃を、これまた体捌きだけで躱しきる。
「アイスアロー!」
3発目には剣で対応。
バリーン!
一撃で粉砕。
「おおぉ!」
さらに、バシモスの剣。次いでオルセーの刺突。
右手と正面からの剣の同時攻撃。
なかなかの連携だが。
ガキン!
バシモスの剣をはね上げ、右に跳躍。
刺突回避にも成功だ。
連続攻撃の手を止め、距離を取るバシモスとオルセー。
「相変わらず、腕だけは確かですねぇ」
興奮のあまり普段とは異なっていたオルセーの口調が元に戻っている。
剣を交えた後で冷静になるとは?
それだけ余裕があるってことか?
「……」
いや、そんな攻撃じゃなかっただろ。
あの剣と魔法で余裕なんて、普通じゃ考えられない。
魔道具も宝具も今のオルセーは持っていないはずなのに?
「ですが、今回は上手くいきますかねぇ」
どこからくるんだ、その余裕?
「……」
まあ、いい。
こっちはおまえたちを倒すだけ。
まずは身体の自由を奪ってやる。
「雷撃、雷撃!」
いつも通り詠唱を破棄して発動……しない?
さっきまでは発動していた雷撃が?
「雷撃、雷撃!」
連続で試みるも、紫電の顕現はなし。
「ふふ、発動できないでしょ」
また魔道具?
魔法発動阻害の魔道具なのか?
「ご存じの通り、魔道具ですよ」
やはり。
しかし、どこに魔道具があるんだ?
バシモスが持っているのか?
それとも、室内設置型?
今それを発動したと?
「……」
いいだろ。
魔法無しで戦ってやる。
問題などない。
「ふふ、ふふふ」
「オルセー、笑ってないで続けろ」
「……分かってますよ。アイスアロー!」
オルセーは使える?
「アイスアロー!」
発動阻害空間内で魔法を使えるのは、夕連亭の時と同じ。
厄介なやつだ。
「アイスアロー!」
アイスアロー3発。
そこに、オルセーとバシモスの剣。
5連撃!
ならば、こちらも。
剣内部に強化を施し、切れ味を増した剣で。
シュッ、シュッ、シュッ!!
軽い音と共に、アイスアローを切断。
返した剣でバシモスの一撃に合わせる。
キン!
「なっ!?」
剣が通過した?
バシモスの剣も切断だ!
「!?」
オルセーには剣じゃない。
右足の蹴りだ。
剣撃を紙一重で躱し、カウンターで蹴りを叩き込んでやる。
ドン!
声もなく吹っ飛ぶオルセー。
そのまま床を転がり静止。
「うぅぅ……」
残るは、剣身を切断されたバシモス。
「……」
呆然とした顔で動きを止めている。
そんな相手を狩るのは容易いこと。
懐に入り掌底一発。
「ぐっ!」
再び眠りに落ちてくれた。





