第570話 犯罪
「きさま、よくも!」
憤怒の表情で睨みつけてくるバシモス。
「騙したうえに、不意打ちとは! やってくれたな!」
雷撃で眠らせてから、僅かしか時間は経過していない。
なのに、もう覚醒し動いている。
いくらタフだと言っても、ここまで早く回復するとは。
ちょっと信じがたいぞ。
一方、床に伸びたままのオルセーに覚醒の兆候は見えない。
雷撃の効果は、これくらい持続して当然。
やはり、バシモスは普通じゃない。
「オルセーの意識を奪ったのもきさまだな?」
「……」
「何が狙いだ?」
さすがに、ごまかせないか。
「少し話を聞こうと思いましてね」
「話を聞く相手を拘束? 馬鹿馬鹿しい」
本当だぞ。
「言い訳はそれだけか?」
「……」
「いいだろ。倒してから聞いてやる」
まあ、そうなるよな。
さて、このまま戦ってもいいが。
「ゆっくりとな」
「なら、こちらから質問を。ギリオンがどこにいるか知りませんか?」
「ギリオン? 何者だ?」
「オルセー殿に囚われていたと聞いています」
「知らぬな」
知らない?
「冒険者ギリオンですよ」
「知らぬ」
監禁の事実どころか、ギリオン自体知らないと?
「そのような名前、聞いたこともない」
バシモスの様子、嘘とは思えない。
ってことは、今回の件とは無関係!?
俺は……。
無関係の相手を雷撃で不意打ちしてしまったのか?
下の階で眠らせた女性2人と同じことを?
「……」
こっちの立場的には仕方ないことだろう。
とはいえ、冷静に考えると……。
とんでもない蛮行だ。
その上、ここまでしながら、またひとつ手掛かりを失ってしまった。
「質問などしてる場合じゃないぞ。覚悟した方がいい」
膨れ上がる殺気。
「バシモス殿!」
「サヴィアリーナ様、危険ですので離れていてください」
「ですが」
「大丈夫、賊は私に任せていただければ」
「……」
バシモスは俺と剣姫の会話は聞いていないようだ。
それだけでもましかもしれない。
「いくぞ!」
剣を抜き放つバシモス。
巨体に似合わぬ敏捷な動きで斬りかかってきた。
キン!
真正面から受け止めてやる。
キン、キン!
ギン、ギン!
2度3度、剣を斬り結ぶ。
早く、重い。
「ぬっ!」
キン、キン!
バシモスの気配から分かっていたことだが、かなりの腕の持ち主だな。
とはいえ、今の俺にとっては脅威になる相手じゃない。
キン、キン!
剣も、こうしてさばけている。
問題は……。
どこまでやるか?
キン、キン!
このバシモスという男。
ギリオンと俺の監禁には関与していない。
おそらく、あれはオルセーの独断。
ならば、こいつ個人に責任はない。
キン、キン!
公爵令嬢である剣姫とは顔見知り。
王太子から仕事を受ける立場にもある。
その上、きっきは雷撃で眠らせてしまった。
過失があるわけじゃないのに。
キン、キン!
バシモスからしたら、俺は不法侵入し暴行を加えた犯罪者ってことになる。
つまり、客観的には俺が加害者、バシモスが被害者……。
そんな男相手にオルセーと同等の扱いをするわけにはいかない。
もちろん、レンヌ家という家門単位で考えれば、バシモスにも何らかの責任が生じるだろうが……。
キン、キン!
「きさま、魔法だけではないのか!」
数合の剣戟の後、数歩後退するバシモス。
「……」
あいつの目には、とんでもない犯罪者と映っているだけだろうな。
「その腕を持ちながら、なぜこのようなことを?」
「……」
「まさか、コルヌ家?」
レンヌ家と犬猿の仲にあるウィルさんのコルヌ家。
「コルヌの差し金か?」
確かにウィルさんとは親しい仲ではある。
レンヌ家のオルセーとの因縁もある。
それでも。
「違いますよ」
今回の件にコルヌ家は関係ない。
「いいや、そいつはコルヌの犬だ」
「オルセー!?」
こいつも覚醒を?
いや、それより、ロープと猿ぐつわが消えている!!





