第567話 既視感
「誰かいる!?」
「バシモス殿は、気づいておりませんでしたか?」
「……」
長椅子から立ち上がったバシモスが、こちらに向かってくる。
こうなったら、もう。
「……申し訳ございません」
隠れていても意味がない。
「っ! 何者だ!?」
バシモスは数歩手前で立ち止まっている。
公爵令嬢は長椅子に座ったまま。
こちらはオルセーをソファーの後ろに隠し、外に出たところ。
「ここで何を?」
「……」
とりあえず穏便に、下手に出ておくか。
もちろん、オルセーの拘束がばれたら暴力に訴えざるを得ないが。
「オルセー殿に呼ばれまして、こちらで待っていたところです」
「待っていただと! ならば、なぜ隠れていたのだ?」
「恥ずかしながら、待っている間にソファーで眠ってしまいまして……。決して隠れていたわけではありません」
「……」
「目覚めたら、おふたりが話されていたもので」
「……胡乱、この上ない」
分かってる。
こんな言い訳、俺だって信用できないからな。
「そもそも、オルセーから何も聞いておらぬ」
「行き違いでは?」
「……」
バシモスの視線が痛い。
さすがに、ごまかしきれないようだ。
なら、公爵令嬢は?
ん?
驚いたような表情?
俺を凝視して?
やはり、知っているのか、俺を?
「……」
それでも、こちらには覚えがない。
彼女のような貴族女性に会った記憶はない。
ただ、あの髪色……。
いや、いや、相手は高位貴族の令嬢だぞ。
そんなわけないだろ。
「見苦しい言い訳を!」
止めていた足を動かし、こっちに向かって来るバシモス。
「きさまの話は、拘束した後でゆっくり聞かせてもらおう」
「……」
ソファー裏に隠したオルセーの存在がばれてしまう。
仕方ない、か。
ここは先手を。
「お待ちください」
「サヴィアリーナ様?」
「オルセー殿が来るまで待ちましょう」
助かった?
いや、助けられた?
「ですが?」
「その方はオルセー殿の客人なのです。彼が来るまで待つべきでは?」
「……」
「バシモス殿、こちらにお戻りください」
「……承知しました」
バシモスが不承不承といった体で長椅子に戻っていく。
「そこにいる、あなたも」
「……」
公爵令嬢の言葉に引き寄せられるように、長椅子まで足を運んでしまう。
とはいえ、そこに座るのは……。
「座らないのですか?」
「皆様とは身分が違いますもので」
「バシモス殿は正式な爵位はお持ちでないですよ。それに、私もリューヌセルクの次女に過ぎませんし」
公爵家の次女。その上、王太子の筆頭秘書官なんだろ。
「どうぞ」
穏やかな言葉に込められた彼女の凄み。
有無を言わさぬ迫力に、思わず腰を掛けて……。
「……」
「……」
隣には、不審な顔を隠さないバシモス。
正面には公爵家令嬢。
さっきの驚いたような表情は完全に消え失せている。
「どうしました?」
「いえ……」
彼女の佇まいに風格は感じるものの、威圧感などは知覚できない。
なのに、言葉に込められた迫力は!
リューヌセルク公爵家次女サヴィアリーナ。
会ったことも、聞いたこともない。
若く麗しい公爵令嬢。
そんな彼女が、この迫力。
いったい、どうなってるんだ?
それに、この感覚は?
向かい合うと、今まで以上に感じてしまう。
奇妙な既視感……。
「オルセーには、何用だ?」
「……」
「話せぬのか? それとも、用など存在しない?」
「いえ……冒険者についてです」
「冒険者?」
「はい、ある冒険者について話をすることになっております」
「オルセーが冒険者を?」
嘘じゃない。
冒険者ギリオンについてだ。
ただし、もう聞き終わったがな。
「今回の件ではありませんか?」
「レイリュークの件に冒険者が絡んでいるとお考えで?」
「ええ、可能性はありますでしょ」
「……」
あのレイリュークがレザンジュの間諜として疑われていた。
それを探っていたのがオルセー。
あやし過ぎる。
どう考えても不自然だろ。
何かあるよな。
まさか、そのせいで……。
と!
この気配?
オルセーが意識を取り戻そうとしている?
オルセーは奥のソファーの後ろに転がったまま。
ロープで縛り、猿ぐつわを噛ませてはいるが、音を出せないわけじゃない。
まずいぞ。





