第566話 盗み聞き
室内中央の長椅子に向かい合って座ったふたり。
オルセーと話をするため、この部屋に?
「……」
まずいな。
若い女性の意識が、またこちらに向いている。
その気配がひしひしと伝わってくる。
今は奥に隠れているので姿は見えないはず。
それでも、この気配。
やはり、さっきの僅かな一瞬で気づかれたのかもしれない。
「本日は例の件についてでしょうか?」
「……まあ、そうですね」
「わざわざお越しくださらなくとも、オルセーが伺いましたのに」
「……」
こちらに向いていた気配が消えた。
ということは、気づいていない?
「それとも、殊更興味を抱くことでもおありですか?」
「……オルセー殿には少々尋ねたいこともありますが、まずは件の話を聞かせてもらいたいですね」
どうやら、大丈夫そうだな。
「なるほど」
「バシモス殿はご存じでない?」
バシモスという名前。
どこかで聞いたことがあるぞ。
それに、顔にも見覚えがある。
誰なんだ?
「もちろん、オルセーから簡単に話は聞いております。ただ、詳細までは……」
「聞いておりませぬか?」
「はい、申し訳ございませんが、担当のオルセーが王家に直接報告するものでして」
「それが風根の方々の掟ですものね」
「……」
風根とは、ウィルさんやオルセーの属する大家門。
王家のために動いている一族だったよな。
ただ、風根衆は一枚岩ではなく、ウィルさんのコルヌ家とオルセーのレンヌ家は犬猿の仲だったはず。
そのレンヌ家のオルセーが王家のために動いていた内容を、この女性が聞きに来たと?
つまり、この女性は貴家の出身。
王都の貴族女性に知り合いなんていないはずなのに、どうして彼女の気配に覚えがあるんだ?
「ここで待っている間に、簡単な話だけでも教えていただけませんでしょうか、バシモス殿?」
「それは……」
室内が若干薄暗いため、さっき覗き見た彼女の顔は明確に認識できたものじゃない。
それでも、見覚えがないと感じる程度には確認できたと思う。
となると、やはり気配違い?
「わたしには話せません?」
「いえ、そういうことでは」
「……」
「我ら一門は王家に忠誠を尽くす身。キュベリッツの二大柱の一つであるリューヌセルク家の公女様、さらにはオズヴァルト王太子殿下の筆頭秘書官でもある貴方様につぐむ口は持っておりませぬ」
公女?
王太子の秘書?
そんな女性、俺が知ってるわけないだろ。
ってことは、もう間違いない。
俺の勘違いだ。
彼女の気配が俺の知人に似ているだけだな。
「でしたら?」
「……分かりました。サヴィアリーナ様には、お知らせいたします」
「助かります、バシモス殿」
リューヌセルク公爵家令嬢サヴィアリーナ。
やはり、まったく聞いたこともない名前だ。
「レイリュークとその門弟はシロでした」
「……」
「レザンジュの間諜として我が国で活動しているという事実はありません。根も葉もない単なる噂だったようです」
「噂に過ぎなかったのですね」
「はい。彼は一介の武芸者かと」
レイリュークにレザンジュ王国の間諜という疑い?
「……」
確かに、あいつは怪しい男だった。
今回の勾留も道場に衛兵が現れたから。あの道場での騒動がなければ、こんな事態に陥ることもなかったはず。
レイリュークが裏で糸を引いていてもおかしくないと思っていたが……。
「それらは全て、オルセー殿が調べたことですよね?」
「オルセーと彼の部下によるものです」
「……」
「何か不審な点でもございますか?」
「いえ……。ただ、気になることがありまして」
「伺っても?」
「これについては、オルセー殿に直接聞いた方が早いと思います」
「……では、オルセーを待つことにしましょう」
さて、こうなると……。
いつまで、あのふたりが待ち続けるかが問題になってくる。
さっさと諦めて部屋を去ってくれれば、俺としても楽なんだが。
「……」
いや、そうでもない?
これ以上オルセーから情報を引き出せないのなら、あの男に聞くという手も?
ただし、バシモスという男も、公爵令嬢も……。
隠しきれない気が、その身から漏れ出ている。
ただ者じゃない。
「バシモス殿、ところで」
「はい?」
「あちらは?」
「あちら、ですか?」
「ええ、奥に誰かいるようですね?」
っ!?
気づいてたのか!!





