第563話 脱出
<ヴァーンベック視点>
「ギリオンがこんな状態ですからね。先に脱出するってのも悪くはない」
意識のないギリオンを連れてコーキを探すのが困難なのは理解できる。
「ですが、コーキが中にいるんなら放置は賛成できませんね」
「外に出た後、ギリオンの証言とともに正式に抗議する。それで解決するはずだ」
「ヴァルターさんの伝手を頼れば抗議は上手くいくんでしょうよ。ただ、時間がそれを許してくれるか?」
「……」
「抗議と言っても、脱出後すぐじゃないですよね?」
「……ああ」
「半日か1日か、それとも2、3日か。その間、敵がコーキに手を出さないとは限らない」
むしろ、何もしない可能性の方が低いはず。
「ましてや、ギリオンを連れ出されたと知ったら」
「……」
「そんな状況で、放置なんて賛成できるわけがない」
コーキには、これまで何度も救われてきたんだ。
シアも俺も、あいつがいなけりゃ命なんてなかった。
俺たちの命の恩人を危険の中に放置なんて、あり得ねえんだよ。
命を懸けてでも助け出してやる!
シアは……。
シアもきっと賛成してくれる。
それどころか、ここで放置したとなりゃ、きっと許しちゃくれねえ。
「君の考えは分かった。分かったが、だからといって、どうするというんだ?」
「ギリオンを安全な場所に預けて、もう一度ここに戻りましょう」
「今回は骨董品店側からの突然の侵入だから上手くいったが、再度となると。レンヌ家が簡単に許すとは思えないな」
「レンヌ家? 何です、それ? この店には何かあるんですか?」
「……骨董品店の所有者だ」
「……」
ヴァルターは裏も知ってるんだな。
というか、どこまで掴んでんだ?
「とにかく、再び踏み込むのは容易じゃない」
「なら、脱出後、すぐに抗議しましょう。正式なものじゃなくてもいい。こっちにはギリオンという正真正銘の証人がいるんだ。何とかなるはずです」
「非公式の抗議か」
「ええ。それでもしらを切るなら、無理やりにでも踏み込むしかありませんよ。容易じゃなくても、やるしかない」
時間的猶予を考えれば、これ以上はゆっくりできないんだ。
「ギリオンが目覚めりゃ、話も早いでしょ」
「……」
「ヴァルターさん!」
「……脱出が先だ。その後のことは、状況を見て判断する」
まだ放置を考えてんのかよ。
「レンヌもそろそろ動き出しているはず。時間をかければ脱出の難易度は高くなるばかりだからな」
「……」
「出ることを優先するぞ」
仕方ねえ。
今は脱出に集中してやるよ。
*********************
ここが外に最も近い地点。
外界への道を遮る壁。
脱出の鍵は、きっとここにある。
だが、それが掴めない。
「……」
今も感じる複数の気配。
目の前の壁の向こう。
数メートル先に、はっきりと感知できる。
だというのに……。
ん?
気配を感じ取れるのは壁の向こうだけじゃない?
通路の上。
天井の上にも気配が?
「……」
さっきまで感じなかった人の気配?
「そうか!」
この上は、もう迷路じゃない。
人が暮らしている空間なんだ。
なら、天井を斬り裂けば、どうなる?
抜け出せるんじゃないのか?
「……」
何によって造られたかは分からないこの迷路。
いまだ謎だらけとはいえ、謎を解く必要なんて俺にはない。
存在するはずの脱出口を見つけ、外に出ればいいだけ。
それが、どんな方法であろうとな。
天井の破壊。
試すしかないだろ。
ただ……低くはないな。
天井までは約5メートル。
身体強化すれば跳んで斬れない高さじゃないが、簡単でもない。
となると……。
魔法か。
地下の石牢と違い、ここでは魔法を発動できる。
利用しない手はない。
土魔法で土台、いや、階段を作れば、天井を切り裂くのも容易になるだろう。
テポレン山で崖下のセレス様を崖の上まで救い上げた、あの要領だ。
さっそく始めるぞ。
土魔法で土砂を放出し、階段の形に成形。
完成したら、ほど良い距離から剣を一閃。
ガン!
続けて二閃、三閃。
いいぞ。
これなら、次で。
ガン!
天井に刻まれた4つの亀裂。
それが軋みを立てて。
ドッガーーン!!
崩壊した。
天井には四角の穴。
その先に見える空間は……。
やはり迷路じゃない!
通常の空間!
成功か?
成功だよな?
階段から跳躍。
穴を通って、上階へ。
「……」
間違いない。
ここは迷路じゃない。
あの空間に戻されてない。
通常の室内空間だ!
「えっ!?」
「何?」
談話室のような広い室内には、婦人の姿が2つ。
気配感知通り。
その2人が混乱した表情で、こちらを眺めている。
「あなた、誰?」
「どこから?」
事情を知らないようだ。
そういうことなら。
「すみません。天井が……床が抜けたようです」
「床が抜けた?」
「ええ。下で作業していたら突然」
「……」
「……」
「ご当主様に説明したいのですが、こちらのご当主様は?」
「レンヌの当主様は、こちらにはいらっしゃいません」
レンヌといえば、オルセーの家門。
やはり、あいつの屋敷だったのか。





