第561話 迷路行 2
8つ目の壁を破壊した先には、また同じような通路と9つ目の壁。
人の気配が存在していたはずの空間は消失し、気配も同時に消え去っていた。
それなのに、後ろの壁の向こう。
修復された7つ目の壁の先に気配が発生している。
位置は6つ目と5つ目の壁に挟まれた通路あたり。
おそらくは、さっきまで感じていた人の気配と同じものだ。
同質の気配が移動したと?
「……」
わけが分からない。
が、そんなこと今さらだな。
ここは謎の迷路空間。
魔道具か宝具か他の何かなのか?
まったく分からないけれど、何が起こってもおかしくないんだ。
ならば、動くしかない。
今は7つ目の壁を再度破壊して気配に迫るのみ。
ドガン!
既に慣れた手順で破壊に成功。
7つ目の壁の向こうには、やはり修復済みの6つ目の壁。
そいつも破壊して、気配のもとへ。
「……」
やはり、消えたな。
予想通りだ。
目の前には5つ目の壁と左右に伸びた通路。
気配はさらに前方に移っている。
いいだろ。
付き合ってやる。
5つ目、4つ目と破壊を続け。
1つ目を破壊した途端、気配はまた背後へと移ってしまった。
結局、同じことを繰り返しただけ、か。
「……」
こうなると、迷路に遊ばれているようにさえ感じてしまう。
が、だからといって、どうしようもない。
他に術は思いつけていないんだ。
ただ……。
この迷路、俺の目に映る状態で本当に存在しているのか?
何度も破壊した壁の手応えに、足に感じる床面の感触が、どうも普通じゃないような?
最初から若干の違和感はあったが……?
「……」
迷路の中。
どこまでも続く同じような回廊。
破壊しても修復される壁。
近づけば消え、移動する気配。
この空間が実際に創造された迷路ではなく、幻想みたいなものだとしたら?
通路も壁も床も全てがまやかし。
偽物の空間だとしたら。
いくら壁を破壊しても、無駄かもしれない。
通路を探索しても……。
それでも、感知できる人の気配だけは本物だと思う。
この気配だけが頼り。
脱出の鍵。
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<ヴァーンベック視点>
コツ、コツ、コツ。
コツ、コツ、コツ。
前を行くヴァルターに従い歩くこと四半刻。
ただ狭い通路を歩いているだけの時間が過ぎていく。
『分からないが……。分かってはいる』
なんていう言葉を口にしたヴァルター。
まったく意味不明だったが、確信みたいなものを持ってるみたいだからと、ここまでついて来たものの……。
さすがに時間がかかり過ぎだろ。
骨董品屋から繋がる通路がこんなに長くて複雑なわけねえって。
いや、絶対に無いとは言えねえか。
王都に張り巡らされた地下通路って可能性もあるからな。
まっ、この通路がそんな代物だとは到底思えねえけどよ。
コツ、コツ……。
ん、足が止まったぞ?
「階段だ」
おお、狭い通路以外は久々だな。
とはいえ、怪しい階段だぜ。
って、おい!
躊躇の欠片もねえな。
もう階段を下ってやがる。
豪胆なのか、無神経なのか?
それとも、分かっているのか?
まあな。
こうなりゃ、下りるしかねえけどよ。
「……」
「……」
階段の下には、上とは違う空間。
通路に沿って、牢屋みたいなものが並んでいる。
つまり、ここにギリオンとコーキが!
「調べるぞ」
階段に最も近い位置にある牢屋の中を覗き込むヴァルター。
俺も後ろから……。
「!?」
白骨じゃねえか!
まさか!
いや、そんなわけねえ。
「……この骸は関係ない」
冷静だな、おい。
いきなりの白骨には、普通驚くってもんだろ。
「次だ」
ヴァルターは平気な顔で隣の牢屋を覗いている。
「……」
隣は無人だった。
その隣も無人。
虜囚の姿なんてひとつもない。
気配も感じられない。
ここじゃねえのか?
ギリオンもコーキもいねえのか?
そんな疑心を抑えながら、無人の牢屋を覗き続け。
通路の奥。
左に湾曲するように曲がっている、その先に歩を進めると……。
「っ! ギリオン!」
男がうつ伏せに倒れている!
ギリオンなのか?
考えるより先に足が動いていた。
倒れている男に駆け寄り、抱え上げ、顔を確認。
ギリオンだ!!
「間違いないな」
ああ、間違いねえ。
息もある。
脈も問題ねえ。
けど。
「ギリオン! おい、ギリオン!」
意識は失ったまま。
「目覚めない、か?」
「いったい、どういう状況だ?」
薬なのか?
ガスなのか?
それに、コーキはどこに行った?





