第560話 迷路行
右に曲がっても、左に曲がっても、先に続くのは狭い通路ばかり。
半刻以上歩いても、状況に変化はない。
迷路のような空間を彷徨うだけ。
人に話を聞こうにも、人の気配自体が消えてしまった。
一刻も早くギリオンのもとに駆けつけたいのに!
どうすればいいのか?
脱出の手立てが思いつかない。
「……」
この迷路空間、自然にできたものなのか、宝具などによって造られたものなのかは分からないが、神様の創造物ではないだろう。
というのも、魔落とはかなり異なった雰囲気があるからだ。
もちろん、そんなこと証明できるものじゃない。
あくまで個人的感覚にすぎない。
それでも……。
規模的に小さく、造りも粗く安っぽいと。
鍵さえ分かれば簡単に抜け出せると。
なぜか感じてしまうんだ。
なのに、現状は!
何から手をつければいいのか?
鍵の見当すらつかない。
だからといって、やみくもに歩き回っても時間を浪費するだけ。
ここで立ち止まっていても……。
やはり、進展はない。
なら、正解じゃなくてもいいから試す。
思いつくことを試すしかないだろ。
今の俺が思いつけること。
それは、破壊だ。
目の前の壁を破壊して、ひたすら前進してやる。
そうすれば、迷路を破棄しつくして脱出できるかもしれない。
結果は分からないが、試す価値はあるはず。
「……」
鞘から抜いた剣の表面に魔力を纏わせ、石牢内で体得したばかりの内部強化も施して……。
強化は充分。
これなら、剣を破損することなく壁を破壊することもできるだろう。
始めるぞ!
上段に構えた剣を、躊躇なく壁に叩きつけてやる。
ガン!
軽い?
想像以上に軽い感触だ。
が、剣は問題なく壁を通過している。
縦に大きく亀裂が走っている。
成功だな。
続けて、横に一閃。
斜めにも一閃。
すると、目の前の壁が崩壊し、抜け穴が完成した。
よーし、これで前へ進める。
先へ進める。
穴をくぐり抜け、足を踏み出した先には……。
予想通りの空間。
狭い通路が左右に伸びている空間だった。
「……」
ああ、分かってたさ。
だからな、何度でもやってやるよ。
再び剣を壁に!
ドガン!
7度目の破壊に成功するも。
穴の先には、これまでと同じ通路。
もう見慣れた眺めだ。
「……」
ただ、7度も同じことを繰り返しただけかというと、そうじゃない。
ここまでの過程で分かったこともある。
まずは、壁が自動的に修復されるということ。
破壊した壁を通って戻ってみると、既に3つ目の壁まで修復されていた。
おそらく、時間経過に伴い壁は修復されるのだろう。
次は、消えていた人の気配が戻ってきたことだ。
今も8つ目の壁の向こうに複数の気配を感じる。
間違いなく人の気配だと思う。
この2点から推測するに、ここは通常の空間ではないものの先には通常空間が広がっていると。
そう考えてもいいはず。
「……」
壁の向こうに、はっきりと知覚できる複数の気配。
その距離は遠くない。
あと5メートル程度しかない。
つまり、8つ目の壁を破壊すれば、人に会うことができる。
迷路を脱出できるんじゃないのか。
もちろん、建物内の人に会えば、俺が地下の石牢を抜け出した事実がばれてしまうかもしれない。
けど、今はそんなことで躊躇している場合じゃないんだ。
さあ、最後の壁の向こうへ行くぞ!
ドガン!
問題なく8度目の破壊に成功。
と同時に若干の違和感。
が、そんな感覚より、壁の先だ。
今まさに作り出した穴の向こうには……。
「……!?」
通常空間じゃない。
また、同じような通路が左右に広がっている。
人もいない!
どういうことだ?
気配は?
消えている!
5メートル以内に存在したはずの気配が跡形もなく……。
いや、違うぞ。
気配は消えたんじゃない。
動いたんだ。
さっき感じた複数の気配。
前方にあった気配を、今は後方に感じるのだから。
なぜかは分からない。
まったく分からないが、俺の後方の気配に向かって振り返ってみると。
「なっ!」
破壊していたはずの7つ目の壁が綺麗に修復されて?
まだ3つの壁しか修復されていなかったのに、いきなり7つ目が?
しかも、7つ目の壁の向こう。
5メートルほど先に、複数の気配を明確に感じてしまう。
さっき通って来た通路に、誰もいなかった通路に気配を!?
「……」
本当に理解できない。
この一瞬に何が起きたんだ?
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<ヴァーンベック視点>
「ヴァルターさん、扉を閉められましたよ」
「……問題ない。このまま進むぞ」
問題ない?
この通路、おかしいと思わないのか?
幻影と呼ばれる凄腕のヴァルターなら、違うとでも?
根拠か理由でも?
「……」
分からねえが、ここまで来たらもう。
前に進むだけか。
ああ、付き合ってやるよ。
コツ、コツ、コツ。
コツ、コツ、コツ。
狭い通路には俺たちの靴音が響くだけ。
人もいなけりゃ、部屋も存在しない。
ただただ、通路が続くのみ。
右に曲がって、左に曲がって。
また左に曲がって……。
コツ、コツ、コツ。
コツ、コツ、コツ。
こんな通路だというのに、ヴァルターの歩みに迷いはない。
ってことは、大丈夫なんだろうな?
「……先は分かってるんですか?」
「いや」
っ!
分かってねえ?
まさか、迷ってんのかよ!
「分からないが……。分かってはいる」
はあ?
何言ってんだ?





