第548話 移送?
<ヴァルター視点>
今ここでギリオンを助け出し、すぐにキュベルリアを発てば。
キュベリッツ国内で、ウィル様に追いつくこともできるはず。
エリシティア様とともにレザンジュに向かったウィル様のもとに駆けつけることも可能だ。
「……」
エリシティア様傘下の精兵に護られているウィル様。
国内では危険などないだろう。
ただし、レザンジュに入国すれば話も変わってくる。
今はオレたちが黒都を脱出した時とは状況が違う。
何より、アイスタージウスの力は侮れないのだから。
「ヴァルター殿」
おっと、衛兵が出てきたな。
「ただ今、確認したのですが……」
「どうだった?」
「ギリオンという冒険者は、ここの石牢にはおりませんね」
「いない?」
「はい。昨日移送されたようです」
「移送……どういうことだ?」
ただの暴行罪でどこに移送される?
あり得ないだろ。
いや……。
もう既に、あり得ないことだらけか。
「私どもが関与できない案件ですので、詳しいことは……」
「関与できない?」
詰所の衛兵が関与できないとなると?
「誰が関与している? 権限は誰が持っている?」
「……」
「言えぬのか?」
「相手がヴァルター殿でも、こればかりは話すことはできません」
守秘義務か。
「……昨日までは、確かにここの地下にいたんだな?」
「それは、まあ」
「ギリオンには、どんな取り調べを?」
「それについても、私どもに権限はございませんので」
「君たちが取り調べをしたのだろ?」
「……」
「違うのか?」
「……」
もう口を開きもしない。
いったい、どうなってるんだ?
ただの暴行罪。
それも、冒険者と剣士間の軽い暴行。
貴族が関わっているわけでもない。
こんな軽微な罪に、誰が?
何の力が働いて?
「……」
「ヴァルター殿、では、そろそろ……」
「待て。他に情報は? 話せることは?」
「申し訳ないですが」
「……」
衛兵を問い詰めても時間の無駄か。
「分かった」
これはもう、ウィル様に追いつくどころじゃないぞ。
ギリオンを救って、すぐに駆け付けると約束したというのに……。
まいったな。
他の方策を考えねば。
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「……」
「……」
「……っ」
「うぅ……」
頭が重い。
痛い?
ここ、は?
「……!?」
そうだ!
あの後、どうなった?
ここはどこだ?
ギリオンは?
「っ! ギリオン!」
ギリオンが俺の隣に横たわっている!
呼吸は?
脈は?
大丈夫だ、生きてる!
無事だ!
「ふぅぅ」
とりあえず、良かった。
最悪の事態は免れた。
今がどんな状況なのかは分からない。
それでも、俺もギリオンも無事。
こうして生きている。
なら!
それなら、何とか!
覚醒したばかりの頭の中に、目まぐるしく感情が湧き出してくる。
「……」
ちょっと落ち着こうか。
まずは、大きく深呼吸してと……。
「……」
「……」
よし。
これなら問題ない。
状況の整理から始めよう。
衛兵詰所の地下にある石牢で、俺とギリオンは意識を失った。
原因はガスか魔道具か定かじゃないが、意識を奪われたことだけは確か。
それで今は……11時。
意識を失ってから5時間程度経過している。
5時間の間に何があったのか?
もちろん、分かるわけがない。
ただ、俺もギリオンも無事。
幸いなことに、怪我などもないようだ。
「……」
ここはあの石牢じゃない。
といっても、同じような石で囲われた無機質な閉鎖空間。
窓はひとつもない。
正面に見えるのは頑丈そうな鉄扉とその下部に設けられた小規模な鉄格子。
この鉄格子部分を通して食べ物などが与えられるのだろう。
つまり、構造上は牢屋そのもの。
あの石牢と同じだ。
地下の石牢から、また違う石牢に移送されたと?
「……」
なぜ、移送が必要なのか分からない。
が、状況的には、そう考えて間違いないはず。
では、魔法は?
「……」
体内での魔力循環は問題ない。
発動は……。
無理か。
魔法が使えない点も、あの地下石牢と同じ。
それならと、魔力を剣に纏わせると……。
消えてしまった。
身体強化した身体で鉄扉に触れると、こちらも雲散。
衛兵詰所の石牢と全く同じじゃないか。
本当に場所が変わってるんだよな?
「……」
よく似ているが、やはり異なる石牢だ。
とすると、だれが何の目的で?
あっ、あの男か!
俺が意識を失う直前。
石牢の近くで嗤っていた男の記憶が、しっかりと残っているぞ。





