第55話 エンノア 8
エンノアの広場では、ゼミアさんスペリスさんをはじめ多くのエンノアの人に迎えられ、握手の連続。
今回はフォルディさんだけじゃなく、ユーリアさんも助けることができたからだろう、前回よりもさらに歓迎されているように感じる。
それはありがたいことなんだが……。
やはり、長老のゼミアさんを目の前にすると複雑な感情が浮かんできてしまう。
ひとまず保留することにしたものの、疑心という感情は消せないからな。
とはいえ、ここは考える場面じゃない。
ひとまず封印しないとな。
ということで、治療以外の考えを封印して臨んだエンノア。
なんとか、いや、無理やり話を作って今は療養室に移動中。
前回のように地下の案内などはしてもらっていない。
とにかくスピード勝負だ。
予定通り進めないと、これから日本に戻って、今夜こちらに再訪することができなくなるのだから。
「こちらになります」
そう言って室内を案内してくれるのはサキュルスさん。
彼が主になってこの病を担当しているらしい。
「では、順番に診たいと思います」
療養室としてあてがわれた室内には18名の患者。
その中に……。
いた!
前回、亡くなられた患者の方が横になっている。
よかった。
まだ命がある。
……。
もちろん、この時間にはまだ無事だったということは分かっている。
それでも、直接目にすると安心してしまうんだ。
ふぅ。
心を落ち着け。
「症状の重い方から診させてもらいます」
まずは目当ての患者のもとに足を運ぶ。
「楽にしてください」
横たわったままの状態で俺の問診に答えてもらう。
これも2回目なので、流れるように進んでいく。
しかし、この患者さん……アデリナさんはかなり辛そうに見えるが、明後日の未明に亡くなるほどには見えない。
けど、それが事実。
……。
この人以外は前回の時間の流れの中で、ビタミンを与えることで症状の改善を確認している。このアデリナさんだけがビタミンによる症状改善を確認できていないんだ。
俺が薬類を持ってエンノアに到着した時には既に亡くなっていたから当然なのだが、それでも、確認できていないということは実際にビタミンが効果を発揮するかは不明だということ。
だから、とにかく早くこの人のもとにビタミンなどの薬類を届けたい。
「ありがとうございました。ゆっくり休んでください」
こうやって問診した限りでは、他の患者さんとも変わりはないように思える。
ここから急変したということか。
やはり、時間との戦いだな。
「では次に……」
残りの重症者、中軽症者とつづけて診ていく。
もちろん、これも2回目なのでスムーズに進んでいく。
そして。
「これで終了です」
18名の診察は前回と比べることもできない程の僅かな時間で終了した。
場所を移して、広場にある集会場。
「コーキ殿、本当に治癒できるのでしょうか?」
「おそらく、薬があれば大丈夫だと思います」
ビタミン類の説明をしている時間がもったいない。
なので、ただ薬というだけで話を進める。
「おお!」
「なんと!」
「本当に?」
周りの人の口から漏れる言葉を無視して、さらに話を進める。
「その薬を手に入れるために、私は街に戻らねばなりません」
「……」
「それで、さっそくなのですが、今からオルドウに戻り必要な品を手に入れて来ます」
「今すぐでしょうか?」
「はい」
「……フォルディとユーリアの命の恩人を、何の歓待もせずお返しするわけにはまいりません」
「それは、ありがたいことですが、事は急を要します。特に症状の重い方々には早急に薬を与える必要がありますから」
時間がない。
こうして話をしている時間も無駄なんだ。
「そう言われましても……」
「早ければ今日中に戻りますので、話はその後にお願いします。とにかく、一刻も早く薬を差し上げたいんです」
ゼミアさんの顔を見つめ、言葉に強い気持ちを込める。
「そこまで急ぐ容体なのでしょうか?」
「そうです」
「……分かりました」
よかった。
これで、アデリナさんの回復の可能性が高まる。
「では、先ほどの出入口まで案内をお願いします」
そうしてやって来たエンノアの地下から地上への出入口。
時刻はまだ8刻(16時)になっていない。予定より少し早く進んでいる。
このまますぐ外に出て日本に移動できるなら、日本到着は午後7時前くらい。その後、薬類を購入して日本を出るのが12時間後の翌朝午前7時前。そうすると、11刻(22時)にはエンノアに到着できる。
「コーキ殿、麓まではゲオとミレンが案内いたします。麓ではコーキ殿のお帰りまで2人を待機させます」
「いえ、ひとりで平気ですので」
傍にいられると異世界間移動が使えない。
「まだ陽が出ているとはいえ、テポレンの御山は難所です。それに夜に戻られるとなると、さらに危険です。どうかゲオとミレンをお連れください」
ゼミアさんの気持ちはありがたいけど、それは困るんだ。
「本当に平気です。テポレン山のことは良く知っておりますし、私は走るのも速いので。ですよね、フォルディさん」
テポレン山に詳しいなんて嘘だ。
ここを出て異世界間移動を使うだけだから。
走る速度は、戦闘を見ていたフォルディさんなら分かってくれるはず。
「確かに、コーキさんの走る速さは凄いものがありました。それに戦闘も素晴らしかったので、急がれるならひとりの方が良いのかもしれません」
良いフォローだ、フォルディさん。
「歓待もせず、ひとりで帰すなど、恩人に対してすることでは」
このやり取りも時間の無駄。
「……すみません。本当に急ぎますので。それに、ゲオさん、ミレンさんや他の皆さんには看病をお願いしたいと」
「もちろん、看病はしますが……」
申し訳ないけど、強引に行かせてもらおう。
「では、もう行きます」
「あっ、コーキ殿」
「11刻前後に戻りますので、よろしくお願いします」
一言そう告げて、地上に駆け出す。
失礼な態度だと思うが、見逃してほしい。
とりあえず、地下への出入口からは見えない場所へ足早に移動する。
後ろを振り返るが……。
よし、誰も追って来ていない。
では、戻るとするか。
「異世界間移動!」
*************
「異世界間移動」
日本に戻った俺は薬類など必要な物を購入し、12時間の経過を待ってギフトを発動。
移動した先は、つい数時間前にいたエンノアへの出入口からすぐの場所。
しかし……。
「真っ暗だな」
暗闇の中、時計を確認。
今は日本時間午後6時40分。
こちらは11刻の少し前。
予定通りに進んでいる、ここまでは順調だ。
さあ、エンノアに戻ろうか。
「ああ、コーキさん、無事に戻られてよかった」
地下への出入口で合図をすると、フォルディさんとサキュルスさんがすぐに出迎えてくれた。ふたりとも安心したのか頬を緩めている。ありがたいことだ。
「はい、ただいま戻りました」
「コーキさんが大丈夫だと言われるから信じていたのですが、それでも、やはり心配でしたので」
そうだと思う。
この暗闇の中でテポレン山を実際に登るとなったら、大変だろうから。
「ご心配おかけして、すみません」
「いえ、ボクのことなどどうでもいいんですけど」
「そういうわけには……。ですが、今はまず患者さんのもとに」
今は、先を急がせてもらう。
「そうですね、こちらこそ申し訳ありません。このまま行きましょうか?」
「はい、お願いします」
サキュルスさんを先頭にして3人で歩く地下の通路は昼間同様の薄暗さ。
それでも、外よりは随分と明るく感じられる。
不思議なものだ。





