第545話 石牢 5
暗灰色で統一された石牢内。
陰鬱で、その上カビ臭く埃が舞う状態に当初は不快しか覚えなかったというのに、今となっては特に何も感じない。
2日間の勾留で、いろいろと感覚が麻痺したようだ。
とはいえ、心地良いかと言われると、そんなわけもなく。
室内の薄明りの中、宙を漂う埃には溜息しか出てこない。
そんな嘆息がいや増すのが、何と言っても魔力の消失。
体内ではしっかり循環している魔力が、体外に出た途端に霧散してしまうのだから。
「……」
どの魔法を使っても、結果は同じ。
ナイフなどの武器に魔力を纏わせても、やはり魔力は消失するだけだった。
発動の手順を変えたり速度を変えたりと、様々な工夫を凝らしても全くの無駄。
完全にお手上げ状態ってことだ。
それならということで、次に試したのが体内に留めた魔力の有効活用。
つまり、身体強化だな。
不思議なもので、体内に留めておきさえすれば魔力は消えることもなく、強化された身体能力にも異常は見られない。
強化状態を維持できるのなら、石牢の鉄格子の破壊も可能なはず。
力づくで鉄格子を破壊すればいいと考え、格子に手を触れた瞬間……。
強化が解除されてしまった。
「……」
意味が分からない。
いや、もちろん、原因は分かっている。
格子に何らかの仕掛けがあり、それにより魔力が霧消するのだと。
ただ、原因が分かったからと言って、対策が思い浮かぶものでもない。
この鉄格子は、言うまでもなく特別製の代物。
強化なしの腕力で破壊するなんて不可能だ。
では、強化した手に魔力を纏っていない武器をもって格子破壊は可能かというと、これもまた不可能だと思われる。
尋常ではない強度を誇り、魔力を雲散させる鉄格子。
こんな厄介なものが、衛兵詰所の地下石牢に設えられているとは……。
オルドウではあり得ないことだが、王都の牢ではこれが普通なのか?
いいや、普通だとは到底思えない。
そもそも、魔法発動阻害の魔道具を経験したのも、夕連亭でのオルセーとの戦闘時の1回限り。それ以外は、阻害の話すら聞いたこともないのだから。
「……」
まっ、答えが出ないことを考えても時間の無駄。
今は全てを踏まえた上で対策を検討するのみだ。
その検討も、この2日間でかなり進んでいる。
現状はあと1歩といった状況。
おそらく、数刻内には解決するだろう。
「……」
脱出方法の模索に時間をかけるのは当然で、ここまで苦労したのもやむを得ないこと。
とはいえ、ほんと大変だった。
ただ、悪いことばかりじゃない。
石牢の中では十分に時間があったんだ。
その時間があれば、ギリオンの話も詳しく聞けるというもの。
というわけで、なぜか話を渋るギリオンから色々と聞き出したところ。
意外な事実を知ることができたんだよ。
中でも驚きだったのが。
ギリオンがエリシティア様の屋敷に滞在していること。
ヴァルターさんから剣の指導を受けたこと。
そして、ウィルさんもエリシティア様の屋敷で暮らしているという事実だ!
「……」
今回の王都行の目的は3つ。
まずはシアの視力回復。これは今も調査継続中だな。
次に剣姫イリサヴィアさんの案内でオズとリーナのもとを訪れること。
これについては、剣姫の都合がつけば、問題なく済ますことができるだろう。
3つ目がウィルさんの消息調査。
なんと、これがギリオンの口から判明したんだよな。
ありがたい。
ほんと助かったぞ、ギリオン。
おかげで、今は少し余裕を持つことができるからさ。
さて、結果として俺に残された目的は2つ。
王都滞在日数をかなり残した現状で、1つの目的を消化したのは大きいな。
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<ジンク視点>
「急な呼び出しとは珍しい」
毎回、決まった時間に決まった場所で報告を交わすオレとメルビン。
そんな堅実なメルビンから急に呼び出されると、嫌な予感しかしないぞ。
「ボスから緊急の指示があったからな」
「緊急? 何があった?」
やっぱり、面倒事か。
「ジンクにとっては楽な指示だ」
面倒な仕事じゃない?
なら?
「例の石牢の件」
兄さんの件か。
あれが、どう楽な話になる?
「手出しは無用らしい」
「……放置して釈放を待てばいいってか?」
「詳細はまだ聞いていない。現状は手出し無用という指示だけだな」
「……」
「楽な話だろ」
「まあ……」
とはいえ、裏で何があったのか気になっちまう。
「おまえには言うまでもないだろうが、下手に動くなよ」
「……」
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「コーキ、そろそろか?」
業を煮やした表情を隠せないギリオン。
まっ、こいつにしては、よく我慢した方だ。
けど、もう大丈夫。
「あと四半刻もかからないと思うぞ」
「おお、やっとかよ」
「思った以上に厄介だったからなぁ」
石牢に勾留されて、すでに60時間近くが経過している。
今は3回目の朝を迎えようとしているところだ。
「んで、その剣で鉄格子を?」
「その通り」
「今度は大丈夫なんだろうな?」
「これまでと違って、魔力が消えることもない。なら、この鉄格子でも斬れるはず」
ただ、ここに至っても、脱獄して良いのか若干迷ってしまう。
「おめえがそう言うなら、問題ねえ」
「……」
「任せたぜ、コーキ」
「方法は気にならないのか?」
「魔力の話なんか分かんねえからな。説明するおめえの労力が無駄だろ」
60時間拘束されていても。
苛立っていても。
こいつは変わらないな。
けどな、ギリオン。
方法は単純なんだぞ。
外に出た魔力が消えるのなら、魔力を外に出さなければいいだけのこと。
これまでのように剣の表面を魔力で覆うのじゃなく、剣の内部に魔力を込めればいい。
そうすれば、内部に魔力を留めて剣を強化できるし、鉄格子に触れた瞬間の魔力消失も起きないはず。
強固な鉄格子も断ち斬れるはず!
そう。
これはエビルズピークの異界で考え出した方法。
エビルズマリスが創り出した異界で剣姫が身につけた魔力付与法だ。
あの時の俺にはできなかったが、今の俺なら!
「……」
さあ、あとは剣への魔力内包を安定させるだけ。
四半刻もあれば可能だろう。
「ちっと休んどくぜ」
「ああ」
その時に備えてくれ。
こっちは、もうひと踏ん張りだ。
……。
……。
……。
ん?
何だ!?
石牢内の空気が変わったか?
「……」
匂いはしない。
けど、明らかに空気が違う。
「ギリオン!」
「……んん? おっ、完成したかよ?」
そうじゃない。
「何か感じないか?」
「何がって、何だ?」
「……空気がおかしい」
「空気だぁ?」
「感じないのか?」
「分っかんねえなぁ」
「そうか」
気のせい?
しかし、これは?
「……」
「……うっ!?」
「どうした?」
「うぅ!」
「ギリオン!!」





